塩化第一鉄|排水処理や還元剤に使われる鉄塩

塩化第一鉄

塩化第一鉄は、化学式FeCl2で表される鉄(II)の塩化物であり、IUPAC名では塩化鉄(II)と呼ばれる。CAS番号は7758-94-3、無水物のモル質量は126.75 g/molである。工業的には鉄鋼の酸洗い工程で大量に副生し、水溶液として排水処理や塩化第二鉄の原料に使われている。実験室では四水和物FeCl2・4H2Oの淡緑色結晶として目にすることが多い。

酸洗い工程から生まれる化合物

熱間圧延した鋼板の表面には、ミルスケールと呼ばれる酸化鉄の皮膜が付着している。これを除去するため、製鉄所や線材メーカーでは濃度15~20%程度の塩酸に鋼材を浸漬する。この際に鉄が溶け出し、Fe + 2HCl → FeCl2 + H2の反応で塩化第一鉄が生成する。使用済みの液は「廃酸」または「酸洗い廃液」と呼ばれ、鉄分を1Lあたり100g以上含む場合も珍しくない。1960年代以降、オーストリアのルスナー社が開発した噴霧焙焼法が普及し、廃液を高温の炉に噴霧して酸化鉄と塩酸を回収する方式が定着した。回収された酸化鉄はフェライト原料に回るため、副産物を捨てずに循環させる仕組みがこの分野の特徴といえる。

物性と化学的な性質

無水物は白色から淡黄色の吸湿性固体で、ヨウ化カドミウム型に近い層状構造をとる。水によく溶け、水溶液は淡い緑色を呈する。主な物性値を以下に示す。

項目 無水物 四水和物
化学式 FeCl2 FeCl2・4H2O
モル質量 126.75 g/mol 198.81 g/mol
外観 白色~淡黄色固体 淡緑色~青緑色結晶
密度 約3.16 g/cm3 約1.93 g/cm3
融点 約677℃ 約105℃で脱水が始まる
沸点 約1023℃ -

鉄(II)イオンは不対電子を4個持つため、化合物は常磁性を示す。無水物を極低温まで冷やすと、約24 K以下で反強磁性に転移することが知られており、層状磁性体の研究対象としても扱われてきた。

空気酸化と保管上の注意

塩化第一鉄の水溶液は空気中の酸素によって徐々に酸化され、鉄(III)に変わる。淡緑色の液が黄褐色に濁ってくるのはこのためである。中性に近いと水酸化鉄(III)の沈殿が生じやすいので、市販の溶液はpH 1~2程度の酸性に保たれている。現場では、タンクの液面に窒素を封入したり、少量の鉄くずを投入して還元状態を維持したりする工夫も見られる。容器にはFRPやポリエチレンを選ぶのが一般的で、炭素鋼製タンクは腐食が進むため避けたい。

製造方法

実験室では、鉄粉を希塩酸に溶かし、得られた溶液を濃縮して四水和物を析出させる。無水物を得るのは意外に難しい。四水和物を単純に加熱すると加水分解が起こり、塩基性塩や酸化物が混ざってしまうからである。そのため、塩化水素ガス気流中で加熱脱水する方法や、鉄を300℃以上で塩化水素と直接反応させる方法がとられる。塩化第二鉄をクロロベンゼン中で還元するコバチッチ法も、無水物の合成ルートとして文献に登場する。工業用途では無水物の需要は小さく、流通品の大半は前述の酸洗い廃液を精製した20~30%程度の水溶液である。

水処理分野での使われ方

安価で鉄分を多く含むことから、塩化第一鉄は水処理薬品として幅広く利用されている。代表的な用途は次のとおりである。

  • めっき排水に含まれる六価クロムを三価クロムへ還元する還元剤
  • 下水管路や汚泥処理施設で発生する硫化水素を硫化鉄として固定する臭気対策
  • リンを難溶性のリン酸鉄として沈殿させる脱リン剤
  • 酸化後に水酸化鉄のフロックを形成させる凝集剤の補助

六価クロムの還元では、理論上Cr 1 molに対してFe(II)が3 mol必要になる。実際の排水には溶存酸素や他の酸化性物質があるため、理論量の1.5~2倍程度を添加する運用が多い。亜硫酸水素ナトリウムに比べて汚泥発生量が増えるという欠点があり、処分費を含めた総コストで薬剤を比較する必要がある。

塩化第二鉄との使い分け

同じ鉄の塩化物でも、酸化数が違えば性質は大きく異なる。塩化第二鉄は強い酸化力を持ち、プリント基板の銅エッチング液として知られる。エッチングを続けると液中の鉄(III)が鉄(II)に還元され、塩化第一鉄が蓄積して能力が落ちていく。基板メーカーの現場では、比重計と酸化還元電位(ORP)計で液の状態を管理し、劣化液に塩素ガスを吹き込んで2FeCl2 + Cl2 → 2FeCl3の反応で再生する。凝集剤としては、すぐに水酸化鉄を形成できる塩化第二鉄のほうが即効性に優れる。逆に、還元作用や硫化物の固定を狙う場面では第一鉄塩でなければ役割を果たせない。購入価格は廃液由来の第一鉄塩のほうが低い傾向にあり、用途に応じて両者を併用する処理場もある。

天然に見られる塩化第一鉄

地球上では酸化されやすいため安定に存在しにくいが、ローレンス石(lawrencite)と呼ばれる鉱物として隕石中から見つかっている。鉄隕石を博物館で保管すると表面から錆が噴き出す「隕石の病気」が起こることがあり、その一因がこの鉱物に含まれる塩化物イオンとされる。保存処理では、相対湿度を低く抑えて加水分解を防ぐ対策がとられている。

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