塩素(Cl)|消毒と材料を支えるハロゲン元素

塩素(Cl)

塩素(Cl)は周期表17族のハロゲン元素であり、強い酸化力と独特の黄緑色をもつ有毒な気体である。海水中のNaClとして地球上に豊富に存在し、工業的には食塩水の電解によって大量生産される。水処理、漂白、半導体製造、金属精錬、有機合成など用途は多岐にわたり、材料腐食や安全衛生上の留意点も多い。本項では基礎性質から製造法、主要用途、腐食・材料選定、測定・法規までを体系的に解説する。

基礎データ

  • 原子番号:17/原子量:約35.45/電子配置:[Ne]3s2 3p5(外殻に不対電子1)
  • 状態:常温常圧で黄緑色の気体、刺激臭が強い。空気より重く、低地や密閉空間に滞留しやすい。
  • 相転移:融点約−101℃、沸点約−34℃。低温高圧で液化可能。
  • 化学的特徴:電気陰性度が高く(Pauling尺度で約3.16)、強い酸化剤として振る舞う。
  • 溶解:水に溶けて平衡的にHClおよびHOClを生じ、pH依存で種が変化する。

発見と天然での存在

18世紀にScheeleが酸素を含まない新種の気体として報告し、19世紀にDavyが元素であることを確立して名称Chlorineを与えた。天然では主として岩塩や海水中のNaClとして存在し、蒸発岩や塩湖由来の鉱床が重要資源となる。火山・生物圏・海洋間での循環を通じて気圏へも供給される。

反応性と主要化合物

塩素(Cl)は水と反応してHClとHOClを生じる(不均化)。水酸化物存在下では次亜塩素酸塩(OCl−)や条件により塩素酸塩(ClO3−)が生成する。水素とは発熱的に反応してHClを与え、金属・非金属と広く塩化物を形成する。有機物に対しては置換・付加反応を与え、官能基導入や脱水素塩素化に用いられる。

塩酸(HCl)

HClは強酸であり、化学工業の基礎原料である。塩素化反応の副生やH2との直接反応で得られ、酸洗い、pH調整、無機塩製造など用途が広い。水溶液は腐食性が強く、材料選定に注意が必要である。

次亜塩素酸(HOCl)と次亜塩素酸塩

HOClは強い酸化・殺菌作用を示し、水処理における「遊離残留塩素」の主成分である。pHが下がるとHOCl割合が増え、上がるとOCl−が優勢となるため、処理効果はpH管理と対で評価する。

塩化物(NaCl、CaCl2、FeCl3など)

NaClは原料・融雪材・食品、CaCl2は乾燥剤や除湿、FeCl3は凝集剤として水処理に用いられる。AlCl3やFeCl3は触媒として芳香族化合物のフリーデル・クラフツ反応に利用される。

有機塩素化合物とPVC

塩素化によりクロロメタン類、塩化ビニルモノマー、各種中間体が得られる。ポリ塩化ビニル(PVC)は配管、電線被覆、建材などで広く使用され、難燃性や耐薬品性に優れる。

製造法(塩素アルカリ法)

工業的製法の中心は食塩水の電解である。イオン交換膜法が主流で、陽極でCl2、陰極でH2が発生し、溶液側でNaOHが得られる。膜法はNa+のみを透過させるため高純度の苛性ソーダが同時生成され、エネルギー効率と環境負荷の両面で利点がある。隔膜法・水銀法は歴史的意義が大きいが、現在は設備更新により膜法への移行が進む。

産業用途

  • 水道・プールなどの殺菌消毒:遊離残留塩素を指標に管理する。
  • 紙パルプの漂白:二酸化塩素や無塩素化法と併用・代替しつつ用途が残る。
  • 半導体製造:Cl2プラズマによるエッチングやシリコン・金属のドライ処理。
  • 金属精錬:塩化揮発・浸出プロセスでの酸化塩素化に利用される。
  • 有機合成:官能基導入、保護基操作、中間体合成に広く用いられる。
  • 高分子材料:PVC、CPVCなどの原料・改質剤として重要である。

塩化物環境は金属材料の応力腐食割れや孔食を誘発しやすく、配管継手やボルトの締結部など応力集中部でリスクが高まる。設計段階で環境・応力・材料の三要素を評価し、適切な材料と防食策を選定する。

腐食と材料選定

塩素(Cl)は乾燥系では比較的鋼材に穏やかな場合があるが、湿潤下ではHClやHOClの生成を介して強い腐食性を示す。オーステナイト系ステンレスはCl−により孔食・隙間腐食を受けやすく、温度上昇で臨界孔食温度が低下する。耐食用途ではPVC、CPVC、PTFE、PVDFなどのフッ素・塩素系樹脂や、運転条件に応じたニッケル合金、チタンなどを検討する。ガス・液の含水率、温度、塩素分圧、pH、流速を含む運転条件の全体最適化が必須である。

水処理における残留塩素

水道・産業用水では、消毒効果と味・臭い、副生成物形成のバランスを考慮して注入・接触・残留の各段階を設計する。評価指標は「遊離残留塩素(HOCl+OCl−)」と「結合残留塩素(クロラミン類)」であり、用途や配水系の条件に応じて目標値を設定する。

測定と管理

現場では比色(DPD法)やアンペロメトリーによるオンライン計測が一般的である。運転最適化では原水のアンモニア・有機物、pH、接触時間、配水系での減衰を同時に管理し、残留確保と薬品削減の両立を図る。

安全衛生と保安

  • 吸入危険:わずか低濃度で目・鼻・喉に強い刺激。高濃度では肺水腫のおそれがある。
  • 漏えい時対応:風下退避と換気を優先し、許容される手順でチオ硫酸ナトリウム等の還元剤により中和する。
  • 保護具:防毒マスク(塩素用)、耐薬品手袋・防護衣を着用する。
  • 貯蔵・設備:直射日光と熱源を避け、腐食性雰囲気に耐える材料・シールを採用する。H2併産設備では着火源管理と混合防止が重要である。

規格・法令の例

GHS分類に基づく表示・SDS整備、圧縮ガス容器の保安管理、作業環境の濃度管理が必要である。排水・水質関連では残留塩素の測定法がJISやISOに規定され、品質保証では計量トレーサビリティとバリデーションが重視される。化学品管理の枠組みに沿って、保管・輸送・廃棄まで一貫してリスクを低減する。

設計・運用の勘所

プロセス設計では、塩素ガス発生量・分配・接触時間・除去(スクラバー)・材料選定を体系的に最適化する。運用では流入水質や温度変動に合わせたフィードフォワードと、残留値・副生成物・腐食モニタリングによるフィードバックを併用する。異常時のフェイルセーフ(遮断・ベント・中和)の段取りを事前に定義し、訓練と点検で実効性を担保する。