黄色ブドウ球菌|食中毒や化膿症を引き起こす代表的な細菌

黄色ブドウ球菌

黄色ブドウ球菌(学名:Staphylococcus aureus)は、ヒトや動物の皮膚、鼻腔、咽頭などに常在するグラム陽性菌の一種である。顕微鏡で観察すると直径約0.8〜1.0μmの球菌がブドウの房のように集まって見えることから、この名が付けられた。健康な成人の約20〜30%が鼻腔に保菌しているとされ、ふだんは無害な存在であることが多い。ただし、傷口から体内に入れば化膿性疾患を起こし、食品中で増えればエンテロトキシンと呼ばれる毒素を作って食中毒の原因となる。医療と食品製造の両方で、管理の対象として常に名前が挙がる細菌である。

発見と命名の経緯

この菌の存在を最初に詳しく記録したのは、スコットランドの外科医アレクサンダー・オグストンである。1880年、彼は膿瘍の膿の中に房状に並ぶ球菌を見つけ、1882年にギリシャ語の「staphylē(ブドウの房)」にちなんでStaphylococcusと名付けた。その2年後の1884年、ドイツのフリードリッヒ・ローゼンバッハが集落(コロニー)の色によって菌を分類し、黄色を帯びるものを「aureus(金色の)」と呼んだ。現在の学名はここから来ている。ちなみに、コロニーが黄色く見える原因はスタフィロキサンチンというカロテノイド系色素である。

菌としての性状

分類上はブドウ球菌属に含まれ、同じ属の表皮ブドウ球菌などとはコアグラーゼという血漿を固める酵素を持つ点で見分けられる。酸素があってもなくても増殖できる通性嫌気性菌で、乾燥にも比較的強い。食品衛生の面で特に注意したいのは、塩分への耐性の高さである。

項目 性状・数値
形態 球菌(直径約0.8〜1.0μm)、ブドウの房状に配列
グラム染色 陽性
発育温度 約7〜48℃(至適温度は37℃前後)
耐塩性 食塩濃度10%前後でも発育可能
主な酵素 コアグラーゼ陽性、カタラーゼ陽性

ほかの多くの食中毒菌が育ちにくい塩分の多い環境でも増えられるため、おにぎりや塩漬け食品、練り製品などで問題になりやすい。

毒素型食中毒としての特徴

黄色ブドウ球菌による食中毒は、菌そのものではなく、食品の中で作られた毒素を口にすることで起こる「毒素型」に分類される。食べてから症状が出るまでの潜伏期間は1〜5時間、平均で約3時間と短い。激しい吐き気と嘔吐が主な症状で、腹痛や下痢を伴うこともあるが、多くは1〜2日で回復する。厄介なのはエンテロトキシンが熱に非常に強いことで、100℃で30分加熱しても毒性は完全には消えない。つまり、調理の最後に加熱しても、いったん作られた毒素は残ってしまう。一般に、食品1gあたりの菌数が105〜106個に達すると、発症に十分な量の毒素が蓄積すると考えられている。

2000年の大規模集団食中毒

国内で広く知られる事例が、2000年6月から7月にかけて近畿地方を中心に発生した雪印乳業の集団食中毒である。北海道の大樹工場で停電が起き、脱脂粉乳の製造工程で原料乳が長時間加温されたままとなり、菌が増えてエンテロトキシンが作られた。その後の殺菌工程で菌は死んだものの毒素は残り、この脱脂粉乳を原料にした低脂肪乳などを飲んだ1万3千人を超える人が発症した。菌が検出されなくても毒素が残るという性質を、社会に強く印象づけた出来事である。

産生する主な毒素

この菌は多くの種類の毒素や酵素を作り出し、それぞれ別の病気に関係している。代表的なものは次のとおりである。

  • エンテロトキシン:食中毒の原因。A型からE型など20種類以上が知られる
  • TSST-1:トキシックショック症候群を引き起こし、高熱や血圧低下を招く
  • 表皮剥脱毒素:乳幼児に多いブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)の原因
  • 溶血毒素(ヘモリジン):赤血球などの細胞膜を壊す
  • ロイコシジン:白血球を破壊し、とびひや毛嚢炎などの化膿を悪化させる

MRSAと薬剤耐性の問題

ペニシリンが実用化された1940年代には、この菌による感染症の多くが治療できるようになった。しかし、ペニシリンを分解する酵素を持つ株がすぐに増え、対抗策として開発されたメチシリンにも効かない株が1961年にイギリスで報告された。これがMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)である。MRSAはmecAという遺伝子によって、抗生物質が結合しにくい酵素PBP2’を作る。日本では1980年代以降に病院内で広がり、院内感染の代表的な原因菌となった。治療にはバンコマイシンなどが使われるが、その耐性株の出現も警戒されている。近年は病院の外で感染する市中感染型MRSAの報告も増えている。

食品工場での管理の実際

食品製造の現場で黄色ブドウ球菌の汚染源として最も多いのは、作業者の手指である。特に手の切り傷や手荒れによる化膿部分には菌が大量に集まっているため、多くの工場では化膿創のある従業員を素手で食品に触れる工程から外す、もしくは耐水性の絆創膏と使い捨て手袋の二重保護を義務づけている。2021年6月からHACCPに沿った衛生管理が完全義務化されたことで、手洗い記録や従業員の健康チェックを日々の記録として残す工場が一般的になった。

実務上の悩みどころは、毒素が熱で壊れないため、後工程の加熱殺菌を「保険」として当てにできない点である。そのため現場では、原料を10℃以下で保管する、加熱後の製品を室温に置く時間を2時間以内に区切るなど、菌を「増やさない」管理に重点が置かれる。手指の消毒には70〜80%程度の濃度のアルコール消毒が、器具や作業台には次亜塩素酸ナトリウム(一般に100〜200ppm)が使い分けられることが多い。アルコール製剤は1本あたりの単価が高く、大規模工場では年間の消耗品費の中でも目立つ項目になりやすい。それでも手洗い後の乾燥とアルコール噴霧をセットにする運用は、多くの現場で外せない手順として定着している。

検査と同定の方法

食品からこの菌を検出する際には、塩分を多く含む選択培地が用いられる。日本の食品検査では卵黄加マンニット食塩寒天培地が広く使われ、国際的にはISO 6888-1でベアード・パーカー寒天培地を使う方法が定められている。培地上で特徴的な集落を確認したあと、コアグラーゼ試験などで確定する流れが一般的である。

毒素検査の位置づけ

雪印乳業の事例が示したように、菌が死んでいても毒素だけが残る場合がある。このため、食中毒の原因調査では菌の培養検査とあわせて、ELISA法や逆受身ラテックス凝集反応(RPLA法)でエンテロトキシンを直接調べる検査が行われる。乳製品や加工食品のメーカーでは、出荷判定の項目に毒素検査を組み込んでいる例もある。

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