HACCP
HACCP(ハサップ)は、Hazard Analysis and Critical Control Pointの略称で、日本語では「危害要因分析重要管理点」と訳される食品の安全管理手法である。原材料の受け入れから製造、出荷までの各工程で起こりうる危害要因を事前に分析し、特に重要な工程を連続的に監視・記録することで製品の安全性を確保する。最終製品の抜き取り検査に頼る従来方式と異なり、工程そのものを管理対象とする点に特徴がある。日本では2018年の食品衛生法改正により、原則としてすべての食品等事業者に導入が義務付けられた。
宇宙食から生まれた管理手法
起源は1960年代の米国にさかのぼる。アポロ計画で宇宙飛行士が口にする食品には、限りなく100%に近い安全性が求められた。宇宙空間で食中毒が起きれば任務そのものが失敗しかねない。そこでNASA、ピルスベリー社、米陸軍ネイティック研究所が共同で、製造工程全体を管理する手法を開発した。これがHACCPの原型である。1971年の全米食品防護会議で公表されたのち、1993年にはFAO/WHO合同の国際食品規格委員会(コーデックス委員会)がガイドラインを採択し、国際標準としての地位を確立した。
日本における制度の変遷
国内では1995年、食品衛生法に「総合衛生管理製造過程承認制度」が創設され、乳・乳製品や食肉製品など特定の品目を対象に任意の承認制度として運用が始まった。1998年には「食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法」(通称HACCP支援法)が施行され、設備投資に対する長期低利融資が用意された。転機は2018年6月の食品衛生法改正である。2020年6月1日に施行され、1年間の経過措置を経て2021年6月1日から完全義務化となった。これにより旧承認制度は廃止されている。
7原則12手順の考え方
コーデックスのガイドラインでは、導入の進め方を12の手順として示している。手順1〜5は準備段階で、チーム編成、製品説明書の作成、意図する用途の確認、製造工程一覧図(フローダイアグラム)の作成、現場での照合を行う。手順6以降が7原則に相当し、制度の中核を担う。
- 危害要因の分析(Hazard Analysis)
- 重要管理点(CCP)の決定
- 管理基準(CL:Critical Limit)の設定
- モニタリング方法の設定
- 改善措置の設定
- 検証方法の設定
- 記録と保存方法の設定
分析対象となる危害要因は、生物的(病原性微生物、寄生虫など)、化学的(残留農薬、洗浄剤、アレルゲンなど)、物理的(金属片、ガラス片、硬質プラスチックなど)の3種類に大別される。すべてを等しく管理するのではなく、後工程で除去できない危害に絞ってCCPを設定するのが要点となる。
CCPと管理基準の具体例
加熱工程は代表的なCCPである。食品衛生法の規格基準では、多くの食肉製品で「中心部の温度を63℃で30分間加熱する方法、またはこれと同等以上の効力を有する方法」が定められており、一般的な加熱調理の目安としては中心温度75℃で1分間以上が広く用いられる。冷却工程も見逃せない。加熱後の製品を10℃以下まで速やかに冷やさなければ、芽胞形成菌であるウエルシュ菌やセレウス菌が増殖する温度帯に長くとどまってしまう。物理的危害については金属検出器やX線異物検査装置が用いられ、テストピースによる感度確認を始業時・終業時・品種切り替え時に実施するのが一般的な運用である。
| 工程 | 主な危害要因 | 管理基準の例 | モニタリング方法 |
|---|---|---|---|
| 加熱 | サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌 | 中心温度75℃・1分以上 | 芯温計による測定、自記温度記録計 |
| 冷却 | ウエルシュ菌の増殖 | 所定時間内に10℃以下 | 品温測定、タイマー管理 |
| 金属検出 | 金属異物 | Fe φ1.0mm、SUS φ2.0mmを検出 | テストピースによる動作確認 |
| pH調整 | ボツリヌス菌 | pH4.6以下 | pHメーターによる測定 |
基準Aと基準Bの違い
義務化にあたり、厚生労働省は事業者の規模に応じて2つの基準を設けた。大規模事業者やと畜場、食鳥処理場には、7原則を全面的に適用する「HACCPに基づく衛生管理」(基準A)が求められる。一方、食品を製造・加工する営業所で従事者が50人未満の小規模事業者や、飲食店・販売店などには「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」(基準B)が認められている。基準Bでは、業界団体が作成し厚生労働省が内容を確認した手引書に沿って衛生管理計画を立て、記録を残せばよい。
現場の実感として、基準Bであれば手引書のひな形を使うことで外部コンサルタントに頼らず導入できるケースが多い。これに対し、基準Aで新たに冷却設備や温度記録システムを整備する場合、中小工場でも数百万円規模の投資になることは珍しくない。既存設備の温度ログを活用できるかどうかを最初に確認しておくと、費用を大きく抑えられる。
前提条件プログラムとの関係
CCPの管理だけでは食品安全は成り立たない。施設の清掃、防虫・防鼠、従業員の健康管理、手洗い、使用水の管理といった一般的衛生管理が土台として機能していることが前提となる。これを前提条件プログラム(PRP)と呼ぶ。工場では5S活動と一体で運用されることが多く、ここが崩れると異物混入や交差汚染のリスクが一気に高まる。実務上、監査で指摘を受けやすいのはCCPの記録漏れよりも、むしろ清掃記録やゾーニングの不備である。
国際規格・認証との位置づけ
HACCPは手法であって、それ自体はマネジメントシステムではない。組織的な仕組みとして運用するために、2005年にISO 22000が発行され、2018年に改訂版が出された。ISO 22000にPRPの技術仕様(ISO/TS 22002-1など)を組み合わせたのがFSSC 22000で、GFSI(世界食品安全イニシアチブ)の承認スキームとして大手小売や外資系企業との取引で要求される場面が増えている。日本発の規格としては、一般財団法人食品安全マネジメント協会(JFSM)が運営するJFS規格があり、JFS-A、JFS-B、JFS-Cの3段階で中小企業にも段階的な取り組みを促している。
検証と記録保存の実務
記録の保存期間は法令で一律に定められておらず、製品の賞味期限や消費期限を考慮して事業者が設定する。賞味期限が1年の缶詰であれば、少なくとも1年以上の保存が目安となる。検証では、温度計の校正、記録の定期確認、製品の微生物検査などを通じて、計画どおりに管理されているかを確かめる。トレーサビリティの確保とも密接に関わり、問題発生時にはロット単位での原因追跡と回収範囲の特定に記録が直接役立つ。運用を形骸化させないためには、PDCAサイクルに沿って年1回以上の計画見直しを行い、新製品の追加や工程変更のたびに危害要因分析をやり直す必要がある。
食品以外の分野への応用
工程で危害を予防するという考え方は、食品業界の外にも広がっている。医薬品分野では、ICH Q9(品質リスクマネジメント)の中でリスク評価手法の一つとしてHACCPが挙げられている。化粧品や食品包装材、食品機械の分野でも、衛生設計(サニタリーデザイン)の評価に応用される例がある。製造業における品質管理の視点で見れば、FMEAや工程FMEAと発想が近く、両者を併用して設計段階から殺菌不良や異物混入の芽を摘む取り組みも見られる。
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