防腐剤|微生物の繁殖を抑え品質を守る薬剤

防腐剤

防腐剤とは、細菌や真菌などの微生物の増殖を抑え、製品や材料の腐敗・劣化を防ぐために添加、あるいは処理に用いられる薬剤の総称である。対象は食品や化粧品だけではない。住宅の土台に使う木材、水性塗料、工場の切削液まで含まれる。日本では用途ごとに法規が分かれており、呼び方も異なる。食品衛生法では「保存料」、JIS K 1570では「木材保存剤」と呼ばれる。

微生物による劣化という課題

水分と栄養源がそろうと、微生物は短時間で増える。大腸菌は条件が整えば約20分ごとに分裂する。木材腐朽菌は含水率がおおむね25~30%を超えると活動を始め、セルロースやリグニンを分解して強度を落とす。工業製品でも同じことが起こり、水性塗料の缶の中でバクテリアが繁殖すると、粘度の低下やガスの発生、異臭につながる。こうした損失を防ぐため、製品の性質に合わせて防腐剤が選ばれてきた。

防腐処理の歴史

近代的な木材防腐の始まりは、1838年に英国のジョン・ベセルが特許を取ったクレオソート油の加圧注入法とされる。この技術によって鉄道の枕木や電柱の寿命が大きく延び、19世紀後半には各国に広まった。食品では20世紀初めから安息香酸が使われ、戦後はソルビン酸が普及した。一方、木材用として長く主流だったCCA(クロム・銅・ヒ素化合物)は、廃材を処理するときにヒ素が溶け出すことが問題になった。日本では1990年代後半から使用量が急減している。

分野別にみた代表的な成分

分野によって、使われる成分も適用される規格もかなり違う。主な組み合わせを下の表に示す。

分野 代表的な成分 関連する法規・規格
木材 ACQ(銅・第四級アンモニウム化合物)、銅・アゾール系、クレオソート油 JIS K 1570、JIS A 9002
水性塗料・接着剤 イソチアゾリノン系(BIT、MIT)、ホルムアルデヒド放出型 化審法、EU BPR(Regulation (EU) No 528/2012)
切削油剤 トリアジン系、イソチアゾリノン系 JIS K 2241
食品 ソルビン酸、安息香酸、プロピオン酸 食品衛生法(使用基準)
化粧品 パラベン類、フェノキシエタノール 化粧品基準(平成12年厚生省告示第331号)

木材用防腐剤と加圧注入処理

住宅の土台や屋外デッキ材には、薬液を木材の内部まで浸み込ませる加圧注入処理が使われる。工程はJIS A 9002に定められている。まず減圧して材の中の空気を抜き、その後1.0MPa前後の圧力で薬液を押し込むのが一般的である。現在の主流はACQや銅・アゾール系で、処理した木材が緑色になるのは銅成分のためである。性能はJAS(日本農林規格)でK1からK5までの5段階に区分され、数字が大きいほど厳しい環境に耐える。表面に塗るだけの塗布処理は手軽だが、薬剤が浸み込む深さは数mm程度しかなく、地面に接する部材には向かない。実務では、注入処理のあとにプレカット加工すると切断面(木口)に未処理部分が出てしまう。そのため、現場で補修用の薬剤を塗る作業が欠かせない。

建築基準法での位置づけ

建築基準法施行令第49条は、構造上主要な柱・筋かい・土台のうち、地面から1m以内の部分に有効な防腐措置を求めている。ヒノキやヒバなど耐久性の高い樹種の心材を使えば、薬剤処理を省ける場合もある。住宅性能表示制度の劣化対策等級でも、樹種と処理方法の組み合わせが評価の対象となる。

塗料・接着剤・切削油剤での使い方

水を溶媒とする工業製品は、製造から使用までのあいだに微生物に汚染されやすい。水性塗料やエマルション系接着剤では、缶の中での腐敗を防ぐ「インカン防腐剤」としてイソチアゾリノン系を数十~数百ppm添加するのが一般的である。ただし、MIT(メチルイソチアゾリノン)はアレルギーを起こしやすい(皮膚感作性がある)ことが知られている。EUでは2017年、洗い流さないタイプの化粧品への配合が禁止された。これを受けて塗料メーカー各社は、BITとの併用や濃度の引き下げによってリスクを抑える配合に移りつつある。

切削油剤の腐敗管理

製造現場でいちばん身近な防腐の課題は、水溶性切削油剤の腐敗である。タンクの中で細菌が増えると、pHが9前後から8以下に下がる。その結果、硫化水素による悪臭、工作機械の錆、作業者の手荒れが起こる。多くの工場では週1回程度、pH計と屈折計で液の状態を確認し、pHが下がってきた時点で防腐剤を追加している。入れすぎると皮膚障害の原因になるため、メーカーの推奨濃度を守らなければならない。液の全量交換には数十万円規模の費用と機械の停止が伴うことがある。防腐剤の追加で液の寿命を延ばすほうが、総コストを抑えやすい。

食品・化粧品分野の規制

保存料は食品添加物の一種で、成分ごとに使える食品と上限量が細かく決められている。たとえばソルビン酸は食肉製品1kgあたり2.0g以下、安息香酸は清涼飲料水1kgあたり0.60g以下で、表示も義務づけられている。化粧品では2001年の規制緩和で全成分表示が義務化され、同時に配合できる防腐剤がポジティブリスト(使用を認める成分の一覧)で管理されるようになった。パラベン類の上限は合計で100gあたり1.0gである。「パラベンフリー」をうたう製品が増え、フェノキシエタノールなどへの置き換えも進んでいる。

防腐・殺菌・防カビの違い

似た言葉に殺菌剤や防カビ剤があるが、それぞれ目的が少しずつ異なる。殺菌剤は微生物を短時間で死滅させるために使う。これに対して防腐剤は、製品を保存するあいだずっと微生物の増殖を抑える「静菌作用」が主な役割である。効き方は、細胞膜を壊す、酵素の働きを止める、細胞内のpHを乱す、の3つに大きく分けられる。ソルビン酸や安息香酸は、酸性の環境(おおむねpH4.5以下)でよく効く。中性からアルカリ性の製品では効果が落ちるため、pH9前後の切削油剤にはトリアジン系などが選ばれる。カビを主な対象とする防カビ剤と組み合わせて使うことも多い。

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