近代世界システム|資本主義が地球を一体化

近代世界システム

近代世界システムとは、16世紀以降のヨーロッパを中心に形成された、政治的には複数の主権国家に分立しながらも、経済的には一つの資本主義的な分業構造によって結びつけられた世界規模の秩序を指す概念である。歴史社会学者イマニュエル=ウォーラーステインが提唱した世界システム論において中核をなす用語であり、ヨーロッパと非ヨーロッパ世界との関係を「中心」「周辺」「半周辺」という不平等な構造として捉える点に特色がある。

概念の背景

近代世界システムの出発点として重視されるのが、大西洋岸を舞台にした商業革命と、新大陸からの大量の銀流入にともなう価格革命である。アメリカ大陸のポトシ銀山などで産出された銀は、スペインやオランダを経てヨーロッパ各地やアジアに流れ込み、世界規模の商業ネットワークを形成した。この過程は、地中海世界中心の秩序から大西洋岸の港湾都市へと重心が移動する「世界の一体化」の重要な契機であった。

ウォーラーステインは、16世紀のヨーロッパを起点に、世界を単一の帝国ではなく、複数国家から成る「資本主義的世界経済」として捉えた。そこでは、政治的境界を越えて商品・資本・労働力が移動し、一部の地域が高付加価値の工業生産に特化し、他の地域が穀物・原料・奴隷労働などを提供する分業構造が成立したと理解される。

コア・セミ=ペリフェリー・ペリフェリー

近代世界システムにおいて、最も重要な枠組みが「コア(中心)」「ペリフェリー(周辺)」「セミ=ペリフェリー(半周辺)」という三層構造である。西ヨーロッパのイングランドやオランダなどは、賃金労働に基づく工業生産・商業・金融を担うコアとして位置づけられ、高い利潤を獲得するとされた。これに対して東ヨーロッパや中南米などは、穀物や銀・砂糖などを低賃金の強制的労働によって生産するペリフェリーとして組み込まれた。

とくに東ヨーロッパでは、輸出用穀物を生産する大農場で農民の隷属化が進み、いわゆる農場領主制グーツヘルシャフト、農民身分の再隷属としての再版農奴制が展開したとされる。ウォーラーステインは、こうした強制労働の拡大を、コア地域での自由賃金労働の進展と同じ資本主義世界経済の二つの側面として把握した。

16世紀から19世紀への展開

近代世界システムは、16世紀の形成期、17〜18世紀の拡大・調整期、19世紀以降の産業資本主義の時代へと展開したと説明されることが多い。形成期には、アントレポ港として繁栄したアントワープなどの都市や海上帝国を築いたオランダがコアの中心となり、周辺地域から穀物・原料・貴金属を吸収した。17世紀後半から18世紀には、イングランドが海運・金融・綿工業などで優位を確立し、世界システムの主導権を握った。

19世紀には産業革命の進展とともに、工業製品と植民地支配を軸とする帝国主義体制が強まり、アジアやアフリカなどもより深く近代世界システムに組み込まれていった。こうして、ヨーロッパ主導の不均等な分業構造は、地球規模に拡大していったと理解される。

ヨーロッパと非ヨーロッパ世界

近代世界システム論は、ヨーロッパの発展を、単に内部要因だけで説明するのではなく、非ヨーロッパ世界との関係性の中でとらえ直そうとする試みである。アメリカ大陸ではポトシ銀山をはじめとする鉱山で先住民やアフリカ系奴隷が酷使され、その産物がヨーロッパの経済成長を支えた。アフリカは奴隷供給の拠点として、アジアは香辛料・絹・綿布などの交易品供給地として、世界的分業の一環に位置づけられた。

この視点によれば、ヨーロッパの工業化や国家形成も、周辺地域からの搾取と再分配のネットワークと切り離しては理解できない。したがって近代世界システムは、帝国主義や植民地支配の歴史、さらにはグローバルな南北問題を考える上でも重要な枠組みとなっている。

理論と批判

近代世界システム論は、世界史を大きな構造変動として捉えるマクロな視点を提供し、多くの歴史学・社会学・経済学の研究に影響を与えてきた。他方で、そのモデルがヨーロッパ中心的であること、地域ごとの多様な経験を単一の構図に還元しすぎること、文化や政治の主体性を軽視する傾向があることなどが批判されている。近年では、グローバル・ヒストリーやポストコロニアル研究の成果を取り入れつつ、近代世界システムの枠組みを修正・再検討する試みも進んでいる。

歴史学における位置づけ

現在、近代世界システムという概念は、16世紀以降のヨーロッパと世界の関係を説明する一つの有力なモデルとして用いられている。教科書や概説書では、商業革命と価格革命、大西洋三角貿易、植民地帝国の形成といったテーマを整理する際の枠組みとして紹介されることが多い。同時に、地域史研究やミクロな社会史研究と結びつけることで、世界システムの中で生きた人びとの具体的な経験を明らかにしようとする研究も広がっており、構造と具体像を往復しながら近代世界の成立過程を理解しようとする営みが続いている。