易姓革命
易姓革命は、中国史において王朝が交替する際、前王朝の徳が衰え天命が革まり、新たな王朝が正統を受け継ぐと主張する政治思想である。ここでいう「革命」は近代的な暴力的変革の意ではなく、「命(天命)が革まる」ことを指す。王朝交替を単なる権力奪取ではなく、道徳的・宇宙論的秩序の再構成として説明する枠組みであり、先王朝の失徳(暴政・乱政)と天変・災異を根拠に、新王朝の受命を正当化する語彙と物語を与える。古くは夏の桀を討った湯(商)、紂を克した武王(周)の「湯武放伐」が典型例とされ、以後の史書叙述の基本図式となった。
概念と語源
易姓革命の「易姓」は王家の姓が変わること、「革命」は天命の更新を指す。古典において「革命」は「命を革む」と解され、秩序の再編という宗教的・儀礼的性格を帯びる。新王朝は「受命」を宣言し、改元・赦などの措置をもって天下の更新を示す。ゆえに本概念は道徳的評価(徳治・王道)と宇宙観(天人感応)を背骨に持つ政治神学であり、単なる軍事勝敗の言い換えではない。
用語の注意
近代以降の「革命」概念は社会体制の急進的転覆を指すことが多いが、古典語の「革命」は天命の更新を意味する。語義の差異を踏まえ、文脈に応じて解釈を分ける必要がある。
先例:夏から商、商から周
史伝は、桀・紂の暴虐と天象異変を「失徳」の徴とし、湯・武王の討伐を天命回復の行為と描く。殷墟の考古成果は商王権の宗教儀礼と王権観念を具体化し、周の建国は宗法の再編と封建制の敷設を通じて正統の再建を演出した。周初の都城は関中に置かれ、渭水流域(渭水)から中原へ秩序を波及させる構図が叙述される。武王の勝利後に成王が整備した西周の政治秩序は、まさに天命の新生を示す制度的実装であった。
天命思想と民意の位置
易姓革命は天命思想に根差す。天は徳ある者に命を与え、失徳すれば命を奪うとする観念である。孟子は「湯武革命」を道義的に擁護し、暴君は「賊」ゆえ誅しても「君を弑す」に当たらないと論じた。災害・蝗害・日食などの災異は失徳の徴と読まれ、祥瑞は新王朝の受命を裏づける記号となる。こうして天意・民心・自然現象を連結する解釈枠が形成され、道徳と政治正統が一体化する。
儒家・法家・陰陽説の交差
儒家は徳治を重視し、易姓革命を例外的かつ道義的な是正として語る。法家は権力と制度の実効性を強調し、正統性は勝者の秩序確立により事後的に構築されると見る傾向がある。漢代の董仲舒は「天人感応」論を整備し、災異奏報と詔令(赦・改元)を政治運営に組み込み、天命の可視化を制度化した。これにより王朝の正統物語は日常政治と接続され、史官の筆がそれを補強する。
史書叙述と正統論
『史記』は本紀・世家を通じて盛衰と受命の循環を描き、後代の『資治通鑑』は治乱興亡の鑑として正統論を精緻化した。叙述の常套は、①前王朝の失徳の累積、②災異と民心の離反、③義兵の挙と名分、④受命宣言と制度刷新、という段取りである。南北朝・五代十国のように複数政権が鼎立する時代には、どれを正統と見るかが史学・政治の争点となった。
禅譲との対比
禅譲は在位の君主が徳に優れた人物へ自発的に位を譲る様式で、争乱を最小化する理想形として語られる。他方、易姓革命は放伐(不義の君を討つ)を含み、しばしば軍事的実力が伴う。実際の歴史では受禅(形式的な譲位)を演出して放伐の実態を覆うなど、双方は宣伝上併用された(例:魏による受禅)。
制度・儀礼の実装
新王朝は受命を可視化するため、以下を連鎖的に行うことが多い。
- 改元と赦の実施、年号の刷新
- 宗廟・社稷の創建と祖先祭祀の再編
- 律令・礼制の改定と官僚秩序の再配置
- 王都・地理秩序の組み替え(例:周の鎬京)
- 天下布告と天下観の再定義(地図・儀礼・貨幣・度量衡)
災異・瑞祥の政治学
地震・旱魃・日食などは失徳の警鐘と解釈され、逆に甘露・白鹿・嘉禾の出現は瑞祥として新政の正統を支える。これらの記録は史官により整理され、受命物語の資料庫となった。
神話的起源と文化的定着
帝舜・禹に連なる三皇五帝の物語は、禅譲・放伐の両様式に古い権威を与えた。王朝成立神話は、文字・礼楽・青銅器とともに文化的記憶に編み込まれ、正統交替のイメージを定着させる。文字史の観点からも、詔書・金文・碑刻の語彙は受命を表象する技術であり、これらは漢字文化圏の政治語彙を規定した。
近世・近代の受容
明清交替や清末の議論では、易姓革命の語は依然として正統性をめぐる思考装置として機能した。他方、近代以降「革命」は社会変革の語となり、古典語義との差が拡大する。とはいえ、王朝交替を徳と天命の言語で叙述する枠組みは、歴史叙述・政治思想の基層として長く生き続けた。
総観
易姓革命は、道徳評価・宇宙観・制度運用・史書叙述を束ねるメタ概念である。湯武の放伐から周の秩序建設、関中から中原へ広がる天下構想に至るまで、その語は東アジアの政治的想像力を形づくってきた。王朝が自らの来歴を物語る際、徳と天命を鍵語として据える限り、正統交替の説明原理としての効力は失われない。