引張ばね
引張ばねとは、軸方向に引き伸ばす荷重を受けて弾性エネルギーを蓄え、荷重を除くと元の長さに復元するコイルばねの一種である。引張コイルばねとも呼ばれ、両端に荷重を受けるためのフックを備える点が外観上の最大の特徴となる。無荷重状態では線材同士が密着して巻かれており、製造時に付与される「初張力」によって一定の荷重までは伸びが生じない。JIS B 2704にコイルばねとしての設計基準が規定されており、扉の戻り機構、ブレーキやクラッチのリターン機構、はかり、トランポリンなど、部材を引き戻す用途で幅広く使用される。
初張力という固有の特性
圧縮ばねと引張ばねを分ける最大の要素が初張力である。冷間成形でコイリングする際に線材同士を強く押し付け合うように巻くと、コイル内部に密着方向の残留トルクが生じ、外力がこの値を超えるまでばねは伸び始めない。この初期荷重が初張力であり、線材のせん断応力に換算しておおむね20から100N/mm2程度の範囲で設定されることが多い。初張力を大きく取れば取付け状態でのガタつきを抑えられる反面、荷重-たわみ線図の立ち上がり点が高くなり、微小荷重域での動作が鈍くなる。なお、熱間成形やステンレス鋼線の一部では初張力を安定して付与しにくく、低温焼鈍によって初張力が2割前後減少する点も設計時に見込んでおく必要がある。
フック形状と応力集中
引張ばねはコイル本体よりもフック部で破損する事例が圧倒的に多い。フックの曲げ起こし部には曲げ応力とねじり応力が重畳し、曲率半径が小さいと応力集中係数が1.5から2倍以上に達するためである。実務では、コイル本体の許容応力を圧縮ばねより低め(材料の引張強さの40%程度以下)に取り、フック立ち上がりの内側半径を線径の2倍以上確保するのが定石となる。代表的なフック形状は次の通りである。
- 半丸フック:最終巻を半円状に起こした最も一般的な形状で、コストが低い
- 丸フック:最終巻を全周立ち上げた形状で、荷重方向の自由度が高い
- 逆丸フック(Uフック):コイル中心線上で荷重を受けられ、偏心荷重を抑えられる
- ねじ込み式プラグ・スイベルフック:フック部を別部品化し、疲労強度と方向調整性を高めた高級仕様
設計計算とばね定数
コイル部の力学は圧縮ばねと共通で、線材にはねじり応力が支配的に働く。ばね定数kはk=Gd4/(8D3n)で与えられ、Gは横弾性係数(ばね用鋼線で約78.5×103N/mm2)、dは線径、Dはコイル平均径、nは有効巻数を表す。引張ばねでは荷重Fとたわみδの関係がF=Pi+kδとなり、初張力Piの分だけ直線が上方に平行移動する点が計算上の相違点である。ばね指数C=D/dは4から10程度に収めると成形性と応力のバランスが良い。フック部を含めた全長管理も重要で、フック内側間距離を自由長として指示するのが一般的な図面表記となる。図面化の詳細はばねの製図を参照するとよい。
材料と表面処理
線材にはばね鋼のほか、冷間成形用として硬鋼線(SW-C)、ピアノ線(SWP-AやSWP-B)、耐食用途のばね用ステンレス鋼線(SUS304-WPB)が使い分けられる。ピアノ線は線径2mmクラスで引張強さ1800N/mm2前後に達し、疲労強度に優れるため往復回数の多いリターン機構に適する。腐食環境ではステンレス線か亜鉛めっき線を選ぶが、電気めっきを施す場合は水素脆性除去のベーキング処理(190から220℃で数時間)が欠かせない。ショットピーニングは圧縮ばねでは常套手段であるものの、引張ばねは密着巻のためコイル内側に投射材が届きにくく、疲労強度向上の効果を得にくいという製造上の制約がある。この点はカタログにあまり明記されず、耐久要求が厳しい場合に見落とされやすい。
圧縮ばねとの使い分け
押す機構はコイルスプリング(圧縮ばね)、引く機構は引張ばねという単純な区別だけでは最適設計に届かない。圧縮ばねは過荷重時に密着して止まるフェイルセーフ性を持つのに対し、引張ばねはフックが破断すると保持力を完全に失い、部品が脱落する危険がある。安全性が問われる箇所では、あえてリンク機構を介して圧縮ばねに置き換える設計判断も行われる。一方で引張ばねはガイドやシートが不要で、座屈の概念がなく長ストロークを取りやすいため、部品点数とコストを1割から2割削減できるケースも多い。角度復元が目的ならねじりばね、大荷重の車両懸架ならリーフスプリングやトーションバーというように、ばね要素全体から荷重形態に合う形式を選ぶ視点が求められる。
圧縮ばねとの特性比較
両形式の主な相違点を整理すると次のようになる。選定時のチェックリストとして活用できる。
| 比較項目 | 引張ばね | 圧縮ばね |
|---|---|---|
| 荷重方向 | 引き伸ばし | 押し縮め |
| 初張力 | あり(設計要素として利用) | なし |
| 破損時の挙動 | フック破断で保持力を喪失 | 密着により荷重支持を継続しやすい |
| ガイド部品 | 不要 | 座屈防止のガイドが必要な場合あり |
| ショットピーニング | 密着巻のため効果が限定的 | 適用が容易で疲労強度向上に有効 |
使用上の注意点
引張ばねを最大許容たわみを超えて伸ばすと、初張力が消失してへたりが急速に進行する。取付け時のフックのこじり、ねじり方向の負荷、フック開き作業での傷付けも早期折損の典型的な原因となる。高温環境では応力緩和により保持荷重が低下するため、ピアノ線はおおむね120℃、ステンレス線でも250℃程度を使用上限の目安とし、それを超える場合は耐熱合金線への変更を検討する。定期交換部品として扱う場合は、フック根元の摩耗と発錆を点検項目に定め、荷重試験でPiの低下率が1割を超えた個体を交換基準とすれば、突発故障を未然に防ぎやすい。
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