常備軍
常備軍とは、戦時だけでなく平時にも国家が維持する職業的な軍隊であり、近代以降の国家権力と戦争のあり方を規定した重要な制度である。中世の封建的な軍制が、領主が家臣を動員する軍役や、戦時にだけ雇用される傭兵に依存していたのに対し、常備軍は王や政府の直接指揮下に置かれ、継続的に訓練・編成・給与支給が行われた。その成立は財政制度や官僚機構の発達と深く結びつき、やがて近代国家へとつながる政治・社会構造の変化を促した。
中世ヨーロッパの軍制と常備軍の登場
中世ヨーロッパでは、封建領主が家臣を召集する軍役と、必要に応じて雇用される傭兵が軍事力の中心であった。戦争は季節や収穫期に制約され、兵士は戦いが終われば農村へと帰っていった。しかし火器・火砲の普及により、城砦攻囲や野戦で専門的な技術と長期の訓練が求められるようになると、一時的な動員では対応しきれなくなった。この状況のなかで、王権や大国は平時から兵を抱え、給与を支払って維持する常備軍の形成へと向かった。
特に近世前期、ハプスブルク帝国やフランス王国など大国間の抗争が激化し、長期戦となった三十年戦争では、傭兵大軍とともに徐々に常備軍の要素が強まっていく。戦争が長期化・大規模化するほど、兵士の継続的な確保と補給が不可欠となり、軍制の恒常化が進展したのである。
絶対王政と財政・官僚制
近世ヨーロッパの絶対王政は、君主が国内諸勢力を抑え、中央集権的な支配を行う体制であり、その武力的支柱となったのが常備軍である。王は貴族の私兵や地方武装勢力に依存せず、自らに忠誠を誓う軍隊を保持することで、反乱の抑え込みや対外戦争を主導した。その背後には、徴税を管理する官僚制の整備と、強力な財政基盤の構築が不可欠であった。
フランスのルイ14世期には、財政総監コルベールが重商主義政策を推進し、国家収入を拡大させた。彼の政策は、国内産業を保護し輸出を奨励する貿易差額主義や、貴金属蓄積を重視する重金主義と結びつき、結果として大規模な常備軍の維持を可能にした。対外貿易や植民地経営を担うフランス東インド会社やフランス西インド会社の活動も、国家財政を支える重要な要素となり、軍事力増強の背景をなした。
兵器・戦術の変化と軍隊組織
火縄銃や大砲など火器の発達は、軍隊組織の形態にも大きな変化をもたらした。銃兵と槍兵を規則正しく隊列に並べ、統一された号令のもとで一斉射撃や機動を行うには、日常的な訓練が欠かせない。こうした線形戦術や隊列運動は、短期間に集められた臨時の兵では習熟が難しく、専門職としての兵士集団、すなわち常備軍の存在が前提となった。
さらに、戦場での補給・兵站の重要性が高まるにつれ、食料・弾薬の輸送や兵士の給与支払いを管理する事務組織も拡大した。軍隊は単なる武装集団にとどまらず、行政・財政と結びついた巨大な官僚機構の一部として機能するようになり、国家と社会への影響力を飛躍的に強めていった。
近代国家と国民軍への移行
18世紀後半から19世紀にかけて、革命とナショナリズムの高まりのなかで、徴兵制に基づく国民軍が登場する。フランス革命後の大規模動員は、国民全体を戦争に動員する新たな形態であったが、その運用には、常時維持される軍事機構と職業将校団という常備軍的な基盤が必要であった。平時においては規模を縮小しつつも、訓練・指揮系統・軍事教育を担う恒常的組織が存在したからこそ、戦時の急速な動員が可能となったのである。
このように、国民軍の時代になっても常備軍は消滅したわけではなく、むしろ徴兵制と組み合わされながら、近代国家の軍事体制の中核として存続した。大規模な動員を支える常設の司令部、参謀組織、軍学校などは、いずれも常備軍の発展の延長線上に位置づけられる。
日本における常備軍の展開
日本では、古代の律令国家において国衙ごとに兵士を集める軍団制が敷かれたが、やがて武士階層の成立とともに、主従関係に基づく武士団が軍事力の中心となった。中世から戦国期にかけては、大名が家臣団や動員された農兵を率いる形で戦争が行われ、ヨーロッパのような厳密な意味での常備軍は発達しなかった。江戸時代には、各藩が藩士を抱える体制が整い、幕府の旗本・御家人と合わせて比較的恒常的な武士集団が維持されたが、それでも全国統一的な国家常備軍とは言いがたい側面があった。
近代的な意味での常備軍は、明治維新後の近代国家建設の過程で本格的に成立する。徴兵令に基づく近代陸軍は、欧米の軍制を範として平時から師団を維持し、常設の指揮系統と訓練機関を整備した。これにより、日本もまた国際社会の中で近代国家として振る舞うための軍事的基盤を獲得し、以後の外交・戦争のあり方に決定的な影響を与えることになった。
常備軍がもたらした歴史的影響
常備軍の成立は、単に軍事技術の問題にとどまらず、国家と社会の構造そのものを変化させた。以下のような点がその特徴である。
- 王権や中央政府が武力を独占し、地方勢力を抑え込むことで、中央集権化が進展した。
- 軍事費の増大に対応するため、租税制度の整備と官僚機構の拡大が進み、財政国家が形成された。
- 兵士の長期服役や大量動員を通じて、戦争が庶民の日常生活や経済活動に深く入り込み、社会全体の構造変化を促した。
このように、常備軍は近世から近代にかけての政治・経済・社会の変動と密接に結びつき、近代国家の成立過程を理解するうえで不可欠な概念である。