委任統治領
委任統治領とは、第一次世界大戦の終結後、敗戦国であるドイツ帝国およびオスマン帝国の領土であった地域に対し、国際連盟の委任を受けた諸国が統治を行った特定の地域を指す概念である。従来の委任統治領は、帝国主義的な領土併合を回避しつつ、国際的な監視のもとで当該地域の住民が自立・独立を達成できるまで後進地域を保護・管理するという「文明の神聖なる信託」という理念に基づいて運用された。この制度は、戦後の新秩序形成において重要な役割を果たし、後の国際連合による信託統治制度の先駆けとなった。
歴史的背景と設立の経緯
委任統治領の成立は、1919年のヴェルサイユ条約および国際連盟規約第22条に基づいている。大戦に敗北したドイツとオスマン帝国は、その海外植民地や領土の領有権を放棄させられたが、戦勝国間での単純な領土分割は、アメリカ大統領ウィルソンが提唱した「民族自決」の原則と矛盾する恐れがあった。そこで、国際連盟という国際組織が主権を形式的に保持し、実際の行政や統治については「受任国」として指名された特定の戦勝国が代行する形式が採用された。これにより、委任統治領は法律上、受任国の完全な領有物ではなく、国際的な責任を伴う管理地域として定義されることとなった。
委任統治の種別と特徴
国際連盟は、対象となる地域の開発状況や地理的条件、住民の政治的な成熟度に応じて、委任統治領をA式、B式、C式の3つのカテゴリーに分類した。各区分により受任国の権限や統治の目的が異なり、将来自立が見込まれる地域から、事実上の領土として扱われる地域まで段階が設けられていた。各区分の詳細は以下の通りである。
| 区分 | 対象地域の状態 | 統治の目的と性格 | 主な該当地域 |
|---|---|---|---|
| A式 | 一定の政治的自立が可能な段階にある旧オスマン帝国領 | 独立に向けた行政上の助言と援助 | イラク、パレスチナ、シリア |
| B式 | 自立に長期間を要する中央アフリカなどの旧ドイツ領 | 奴隷貿易の禁止や信教の自由確保、受任国による行政 | カメルーン、トーゴ、タンガニーカ |
| C式 | 人口密度が低く、受任国の隣接地に位置する旧ドイツ領 | 受任国の構成部分として、自国の法律に従い統治 | 南洋諸島、南西アフリカ、サモア |
主要な委任統治領の事例
具体的な委任統治領の事例として、日本が受任国となった赤道以北のドイツ領諸島(南洋諸島)が挙げられる。日本はこの地域をC式委任統治領として統治し、南洋庁を設置してインフラ整備や教育、産業開発を進めたが、後に国際連盟を脱退した後も事実上の領有を継続した。一方、中近東のA式委任統治領では、イラクが1932年に独立を果たすなど、当初の目的である独立への移行が見られた例もある。これらの地域では、受任国の利害と現地住民の独立要求が衝突することも多く、特にパレスチナにおいては、その後の紛争の火種となる複雑な政治問題が醸成された。
- イギリス受任:パレスチナ、トランスヨルダン、イラク、タンガニーカ、カメルーン(一部)、トーゴランド(一部)
- フランス受任:シリア、レバノン、カメルーン(大部分)、トーゴランド(大部分)
- 日本受任:南洋諸島(マリアナ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島)
- オーストラリア受任:ニューギニア、ナウル(英・ニュージーランドと共同)
- 南アフリカ連邦受任:南西アフリカ(現ナミビア)
制度の終焉と移行
第二次世界大戦の結果、国際連盟が解散し、1945年に国際連合が設立されると、委任統治領の制度は「信託統治」制度へと引き継がれた。ほとんどの旧委任統治領は、国際連合の監視下で独立に向けた歩みを加速させ、1960年代の「アフリカの年」を経て、その多くが主権国家として独立を達成した。ただし、南アフリカが受任した南西アフリカのように、信託統治への移行を拒否したことで長年にわたり国際的な紛争の対象となったケースも存在する。最終的に、最後の信託統治領であったパラオが1994年に独立したことで、この系譜に連なる国際的な管理統治の歴史は事実上の終焉を迎えた。現代において委任統治領という枠組みは、帝国主義から主権国家体制への過渡期に存在した、特異な統治形態として歴史に記録されている。