塩・鉄・酒の専売制|専売制で産業統制と財政基盤を強化

塩・鉄・酒の専売制

塩・鉄・酒の専売制は、前漢の財政基盤を強化するために整えられた国家専売・官営事業である。とりわけ武帝期において、対外遠征と辺境防衛に要する巨額の軍費をまかなうため、塩と鉄を中心に国家が生産・流通・価格を統制し、酒についても一定期間は国営化が実施された。これらは均輸・平準と連動して市場価格を安定させつつ、収入を中央に集中させる仕組みであり、専売は財政・軍事・市場統制の三位一体の政策であった。

成立の背景

武帝の積極的な対外政策は、北方の匈奴討伐から西域・南海方面への進出まで広がった。長期戦にともなう馬・武器・糧秣の調達は、歳入の平時構造では賄いきれず、租税の増徴だけでは反発を招く。そこで値動きが少なく利幅の大きい塩と、軍需に直結する鉄を国家直営化して収益の柱とし、必要に応じ酒も取り込むことで、安定的な臨時収入を得ようとしたのである。対匈奴戦線で活躍した衛青霍去病の遠征、南方の南越征服、東方の朝鮮半島政策や衛氏朝鮮滅亡後の郡県設置、とりわけ楽浪郡の経営など、広域の軍政需要が専売制度の持続を後押しした。

制度の仕組み

専売は「官が生産・検査・販売を統制し、許可を受けた民間のみが限定的に関与できる」という二層構造をとる。各地に塩・鉄の官署を置き、標準規格・運上・罰則を整備することで、密造や不正流通を抑えつつ、官収入を最大化する。価格は平準機構が在庫と買上げを通じて調整し、均輸は地域間の余剰・不足を移送して利鞘を国庫に繰り入れた。

桑弘羊の役割

制度設計と運用の中核に位置したのが財政官僚の桑弘羊である。彼は物価統制と財政収支の均衡を最優先し、専売・均輸・平準をパッケージとして実施した。商賈の利潤を公的利益へ転化するという発想は、短期の歳入増に効果を発揮し、武帝期の膨張財政を支えた。

塩専売

塩は生活必需で需要の価格弾力性が低い。塩井・塩湖・海塩の製塩所を官が掌握し、運上によって安定収入を確保した。輸送は指定ルートに限られ、密売が発覚すれば没収・科料が科された。価格は地域費用と在庫を踏まえて調整され、飢饉時には放出で救済効果も持った。

鉄専売

鉄は兵器・甲冑・農具の基盤であり、官営工房で鋳鉄・鍛造を行い、規格化と品質管理を徹底した。軍需最優先の配分により、前線の補給が円滑化した一方、民間の小規模鍛冶は許認可制の負担が増し、地方の道具供給に偏在が生じたとの批判もあった。技術停滞の懸念が後世の史家により指摘されるが、統一規格が広域市場を形成した側面も否定できない。

酒専売

酒は嗜好品で、都市部を中心に税源として有力であった。官営醸造・専売店による管理で歳入増を図ったが、家庭醸造の根絶は困難で、密造取締のコストが高かった。後述の「塩鉄論」では民の楽しみを奪うとの批判が強く、塩・鉄に比べて短命に終わった。

財政・軍事との関係

専売収入は前線補給と辺境経営に直結した。西域交通路の確保では、張騫の派遣を契機にオアシス都市との交易が拡大し、敦煌・河西の軍政と連動して物資が流れた。とりわけ敦煌郡の設置以後、塩・鉄が補給網を支える基礎財となり、軍需と市場の橋渡しを果たした。

均輸・平準との連動

均輸は地方官が余剰を集め不足地へ送り利潤を上納する制度、平準は中央の常平的な買上げ・放出で価格を均す制度である。専売品はこの枠組みに組み込まれ、在庫操作と価格帯の維持を通じて、税以外の安定収入を創出した。

思想的論争―塩鉄論

昭帝期に開かれた「塩鉄論」では、儒家官僚が「王道・徳治」を掲げ専売・利政を批判し、実務派は国防と民生安定のための現実策と反論した。結論は折衷で、酒専売は廃止・緩和の方向に傾き、塩・鉄は修正継続となった。この論戦は、国家が富をどこまで直接獲得すべきかという古典的命題を可視化し、以後の財政思想に長く影響を与えた。

社会経済への影響

  • 価格と供給の安定:必需材の公的管理は飢饉時の救済機能を持った。
  • 民間経済への圧力:手工業者の許認可・検査負担が増し、地下経済や密売の誘因が高まった。
  • 市場構造の変化:規格統一と官の大量調達が広域市場を形成し、物流の専門化を促した。
  • 租税構造の転換:間接的・準租税的収入が一般財源化し、軍事財政の弾力性を高めた。

後世への継承

東漢以降、運用の強弱はあれど、塩は長期にわたり国家財政の柱であり続けた。専売・価格統制・物資移送を組み合わせて財政・軍事・市場を接続する発想は、後代王朝の塩政や宋の茶・塩政策などに受け継がれる。制度史の観点から見れば、専売は中央集権国家が外征・辺境経営を持続するための技術装置であり、道義と効用の緊張のうちに修正されつつ継続したと評価される。

同時代の文脈

専売は孤立した政策ではなく、武帝の年号政策や儀礼秩序の強化、対外拡張の軍政と共振した。北方での機動戦を支えた鉄製武具の量産、南海・西域との交易統制、朝鮮半島における郡県支配の財政裏付けなど、広域の施策を束ねる役割を果たした点に意義がある。その中心にいたのが武帝であり、彼の治下で専売は国家構造の要として機能した。