固体潤滑処理|固体被膜で摩擦を低減する表面処理

固体潤滑処理

固体潤滑処理は、二硫化モリブデン、グラファイト、PTFEなどの固体の潤滑物質を部品の表面に付けて固定し、油やグリースを使わずに摩擦と摩耗を減らす表面処理の総称である。液体の潤滑剤では使えない高温、極低温、真空、薬品が触れる環境でも潤滑性を保てる。そのため1960年代の宇宙開発をきっかけに実用化が進み、現在では自動車部品、半導体製造装置、食品機械などにも広く使われている。

油潤滑が使えない場面

鉱油系の潤滑油は、おおむね150℃を超えると酸化して劣化が進み、真空中では蒸発してまわりを汚染する。人工衛星の展開機構や真空チャンバー内の搬送ロボットでは、油が少しでも揮発すると光学部品やウエハーに付着し、不良の原因になる。食品や医薬品の製造ラインでは油が製品に混じるおそれがあり、粉じんの多い場所ではグリースがほこりを吸着して研磨剤のような状態になる。こうした条件での焼付きや異常摩耗を防ぐ手段として、固体潤滑が選ばれてきた。

代表的な固体潤滑剤と特性

固体潤滑剤の多くは、層状の結晶構造をもつ物質か、分子どうしの結びつきが弱い高分子である。層状物質は、層と層の間がすべりやすいため、低い摩擦係数が得られる。ただし、得意な環境は材料ごとに大きく異なる。

材料 摩擦係数の目安 大気中の使用上限温度 得意な環境・弱点
二硫化モリブデン(MoS2) 0.03〜0.10 約350℃ 真空・乾燥環境に強い。湿気が多いと性能が下がる
グラファイト 0.05〜0.15 約500℃ 水分があると潤滑する。真空中では摩擦が急に増える
PTFE 0.04〜0.10 約260℃ 耐薬品性と非粘着性に優れる。荷重が高いと変形しやすい
六方晶窒化ホウ素(h-BN) 0.15〜0.70 約900℃ 耐熱性と電気絶縁性が高い。低温では潤滑性が劣る

二硫化モリブデンとグラファイトは、湿度に対する反応がまったく逆である。このため、地上試験で問題がなかったグラファイト系の部品を真空中で使い、短時間で摩耗が進んだ事例も報告されている。

処理方法の種類

固体潤滑剤を表面に固定する方法は、膜の厚さと密着のしかたによって大きく4つに分けられる。

  • 樹脂結合型(乾性被膜):エポキシ、ポリアミドイミドなどの樹脂に潤滑剤を混ぜて塗装し、加熱して硬化させる。膜厚は5〜20μm程度
  • 物理蒸着型:スパッタリングでMoS2などを0.5〜1μm程度の薄い膜として成膜する。宇宙機器や精密軸受に使われる
  • 投射型:微粒子を高速でぶつけて表面に打ち込む。ショットピーニングと同じように、表面の硬化も同時に期待できる
  • 複合めっき型:無電解ニッケルめっきの液にPTFE粒子を分散させ、めっき膜の中に取り込む

量産部品で最も多く使われるのは樹脂結合型で、乾性被膜潤滑剤とも呼ばれる。硬化条件は150〜200℃で30〜60分程度が一般的で、米国の軍用規格MIL-PRF-46010は加熱硬化型の固体被膜潤滑剤の代表的な仕様として知られる。

密着性を決める前処理

被膜の寿命は、前処理でほぼ決まるといってよい。

鉄鋼部品には、#100〜#220程度のアルミナを使ったブラストで表面を粗くしたあと、リン酸マンガンなどのリン酸塩処理を組み合わせる方法がよく使われる。リン酸塩の結晶は細かい凹凸をつくり、被膜を物理的にかみ合わせる役割を果たす。アルミニウム合金には陽極酸化(アルマイト)処理、ステンレス鋼には脱脂とブラストが基本となる。脱脂が不十分だと、試験で数十回往復しただけで被膜がはがれることもあり、加工油が残りやすいねじ部やめくら穴は特に注意が必要となる。

現場での寸法管理とコスト

製造の現場で見落とされやすいのは、膜厚が寸法公差に与える影響である。片側10μmの被膜をつけると、穴は直径で20μm小さくなるため、H7級のはめあいでは公差の大部分を被膜が占めてしまう。そこで設計の段階で膜厚を引いた加工寸法を指定するか、はめあい部分にマスキングを施す。受託加工の費用は、小物部品をバレル式で処理する場合は1個あたり数十円程度から、治具に一つずつ掛けてマスキングする場合は数百円以上になることが多い。発注前には、膜厚の許容範囲とマスキングする位置を図面に書いておくと、やり直しを減らせる。

産業別の使用例

自動車では、ピストンスカートに樹脂結合型のMoS2やグラファイトの被膜をつけ、エンジン始動直後の油膜が足りない時間帯の摩耗を防ぐ。締結部品では、ボルトのねじ面に処理を施して摩擦係数のばらつきを抑え、締付けトルクと軸力の関係を安定させる用途が増えている。半導体製造装置では、パーティクル(微小なごみ)の発生が少ないスパッタMoS2膜が、真空中の直動ガイドに採用されている。

食品機械にはPTFE系の被膜がよく使われ、非粘着性を生かして生地や樹脂が付着するのも防ぐ。

性能評価と試験規格

耐久性の評価には、ピンとV形ブロックを押し付けて回転させるファレックス試験(ASTM D2625)が広く使われ、摩擦トルクが急に上がるまでの時間を寿命とする。往復しゅう動試験やボールオンディスク試験も併用され、トライボロジーの分野では荷重、速度、雰囲気の3条件を実際の使用環境に合わせることが基本とされる。密着性はクロスカット法(JIS K 5600-5-6)で確認するのが一般的である。固体潤滑膜は使ううちに確実に減っていく消耗膜なので、補給できない部位では、寿命試験の結果をもとに交換周期を決めておく必要がある。

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