古マタラム王国
古マタラム王国は、8世紀から10世紀にかけて中部ジャワを中心に栄えたジャワ島のヒンドゥー・仏教王国である。ケドゥ平野を基盤に、シャイレーンドラとサンジャヤの二王統が交錯し、宗教・建築・行政の各面で高度な統合を達成した。稲作灌漑と海上交易を両輪とする経済のもと、カンガル碑文・カラサン碑文・マンタヤシ碑文など多言語碑文が王権と在地社会の関係を伝える。ボロブドゥールやプランバナンに象徴される大規模寺院群は、密教・大乗仏教とシヴァ派の並立を示し、後世のジャワ文化に長い影響を残した。
地理と成立の背景
王国の中心はケドゥ平野とムラピ火山周辺である。肥沃な火山性土壌と河川網が灌漑稲作を可能にし、在地首長層の動員を得て大型宗教建築が造営された。位置的にはジャワ島中央部にあたり、内陸農業と外洋交易を接続する要衝であった。
王統と政治構造
政治はヒンドゥー系のサンジャヤ王統と仏教系のシャイレーンドラ朝の勢力が時期により主導権を分け合った。サンジャヤ系はシヴァ信仰を掲げ、在地首長(ラカイ)層を統合した。9世紀にはラカイ・ピカタンが仏教系王女プラモーダワルダニと結び、宗教と王権の均衡を図る。バラプトラは外港勢力と結び、やがてスマトラ方面へ退いたと伝えられる。
経済と社会
- 灌漑稲作が歳入基盤で、開墾地(シマ)の設定と免税規定が碑文に記録される。
- 近隣のシュリーヴィジャヤ王国と海上交易を分担・競合し、唐やインド洋世界と結節した。
- 王権は寺院・僧団・在地共同体へ寄進し、宗教的権威を通じ統治を正当化した。
- 度量衡・称号・職掌が整備され、徴税と労役の体系が形成された。
宗教と文化
仏教(とくに大乗・密教)とシヴァ派が並立し、宗教的寛容と相互補完がみられる。大規模石造寺院(チャンディ)群が成立し、浮彫・石像・銘文が宇宙観と王権理念を表現した。なかでもボロブドゥールは巨大な曼荼羅構成を持つ仏塔で、世界有数の石造遺構である。一方、シヴァ派の象徴であるプランバナンは高塔式祠堂群で、儀礼空間と都市計画の結節点となった。
主要碑文と史料
732年のカンガル碑文はサンジャヤ王のシヴァ信仰を示し、778年のカラサン碑文は仏教寺院創建を伝える。ケルラク碑文は密教色の強い勅令を記し、907年のマンタヤシ碑文は歴代王名と在地秩序の再編を記録する。碑文はサンスクリット語と古ジャワ語で刻まれ、王権と在地社会が二言語空間で共振していたことを示す。
対外関係と軍事
王国は唐代の記録に使節派遣が見え、胡椒・樹脂・金銀細工などの交易で利益を得た。海峡支配をめぐりスマトラ勢力と緊張を孕みつつも、婚姻・寄進・僧団交流を介して知識と人材が循環した。軍事面では城柵・堀・貯水池を活用し、農耕インフラが防衛機能も担った。
遷都と東ジャワへの移行
10世紀初頭、ムプ・シンドクが東ジャワへ遷都し、イシャナ王統が成立した。背景には火山活動の活発化、内紛、外敵侵入など複合要因が指摘される。1006年頃の「プララヤ」(大乱)伝承は中部拠点の壊滅を語るが、近年は段階的な権力移行とみる説もある。遷都後も文書行政と宗教 patronage は継承され、後のマジャパヒト期へ通底する制度的基盤が整えられた。
建築・都市と景観
寺院群は水利・街路・居住区と連関し、宗教空間が都市計画を牽引した。チャンディの配置は宇宙論的秩序を可視化し、王宮・倉庫・作業場・市場が儀礼の動線に組み込まれた。石材加工・煉瓦・スタッコなど多様な技術が発達し、職能分化と物資動員の高度化がうかがえる。
年表(主な出来事)
- 732年:カンガル碑文によりサンジャヤの即位とシヴァ信仰が確認される。
- 778年:カラサン寺院創建の碑文が仏教 patronage を記録。
- 9世紀中葉:ラカイ・ピカタンが政権を掌握し、プランバナン建設が進む。
- 907年:マンタヤシ碑文が歴代王名と在地秩序の再編を列挙。
- 928/929年:ムプ・シンドクが東ジャワへ遷都し王権の中心が移動。
- 1006年頃:「プララヤ」伝承により中部拠点の衰退が語られる。
用語補足
「ラカイ」は在地支配層の称で、徴税・労役・治水の指揮権を持った。「シマ」は寄進・免租地で、寺院維持や公共事業に充てられた。これらは王権と共同体が宗教を媒介に協働する装置である。
史学上の論点
シャイレーンドラの本拠地を中部ジャワとみる従来説に対し、スマトラ起源・二重中枢説などが提起されてきた。バラプトラの系譜や遷都要因、1006年の性格をめぐっても議論が続く。碑文学・考古学・環境史を横断する分析により、政治・宗教・環境の相互作用を再構成する研究が進展している。
遺産と影響
古マタラム期の宗教折衷、行政文書主義、灌漑ネットワークは、その後の東ジャワ諸王国やマジャパヒト王国の国家形成に受け継がれた。ボロブドゥールとプランバナンは地域社会の記憶を支え、インド洋と東南アジア世界の結節点としてのジャワの地政学的重要性を今日に伝えている。