ボロブドゥール|シャイレーンドラ朝の仏教大遺構

ボロブドゥール

ボロブドゥールは、インドネシア中部ジャワのケドゥ盆地に位置する9世紀前後の大乗仏教遺跡である。シャイレーンドラ朝の庇護のもとに建立され、方形壇6層と円形壇3層を重ねた巨大な石造ストゥーパとして知られる。全体は曼荼羅を立体化した構成をとり、基壇から頂上へと歩む上昇体験が「悟りへの道」を象徴する。2,672面の精緻なレリーフと多数の仏像群が配され、地域の自然地形や聖なる山々を視界に収める景観設計も特筆される。20世紀後半にはインドネシア政府とUNESCOによる大規模修復が行われ、1991年に世界遺産へ登録された。

成立と歴史的背景

ボロブドゥールの築造は8〜9世紀、米作と交易で栄えたケドゥ盆地における大乗仏教の隆盛に重なる。王権は仏教的功徳の可視化を通じて秩序を示し、広域交易圏の知と技が石工・図像・儀礼体系に結晶したと解される。周辺ではヒンドゥー勢力も力を持ち、宗教的複合性の中で本遺構は仏教世界観の記念碑となったのである。

立地と景観設計

ボロブドゥールは活火山メラピ山やメラブ山、スンビン山を望む盆地に築かれ、プロゴ川・エロ川などの水系と連動する。山と川が囲む「聖なる囲域」に配置され、信仰空間と自然環境が相互に意味づけられた。遠望のシルエットはストゥーパの階調を際立たせ、儀礼行為と景観体験を一体化させている。

名称と語源

名称の語源には諸説があり、古ジャワ語由来説やサンスクリット語に求める説などが提示されてきた。確定的史料は限られるが、仏教僧院や高所の聖地を連想させる解釈が一般的である。

建築構成と寸法

ボロブドゥールは安山岩切石を積み上げた巨大なテラス型建築で、六層の方形壇の上に三層の円形壇を載せ、頂部に大ストゥーパを戴く。回廊の総延長は約5kmに及ぶとされ、参詣者は壁面レリーフを読み解きながら右繞で上方へと進む。基壇外周には後世に覆われた「隠しレリーフ」があり、因果と業報を説く図像群が確認されている。

  • 方形壇(四周回廊)―修行段階を示す導線
  • 円形壇(三層)―穿孔ストゥーパの連なり
  • 頂部大ストゥーパ―中心空性を象徴

宇宙観と象徴体系

ボロブドゥールの空間は三界の思想を体現する。下から「欲界(カーマダートゥ)」「色界(ルーパダートゥ)」「無色界(アールーパダートゥ)」へと昇る秩序で、曼荼羅的宇宙観が参詣の歩みと同期する。形像の充満から無相の静寂へという遷移は、救済の論理を建築に翻訳したものである。

  1. 欲界―基壇・隠しレリーフに業と輪廻を示す
  2. 色界―方形壇の壁面に物語図像が展開
  3. 無色界―円形壇で形象の少なさが強調される

レリーフと物語体系

ボロブドゥールのレリーフは、釈尊の生涯譚や前生譚(ジャータカ)、功徳譚(アヴァダーナ)、大乗経典の教義を豊かに描く。船や都市、市場、海路交易など当時の社会経済を物語る場面もあり、地域史の一次資料的価値を有する。衣文の彫りや装身具の表現は、東南アジアとインド亜大陸の美術交流を刻印する。

仏像とムドラー

各段の壁龕や穿孔ストゥーパには多数の仏像が安置され、方位や段階に応じたムドラー(手印)が配されるとの解釈が一般的である。静謐な坐像と穿孔の幾何学が、無言の教えとして参詣者を包み込む。

施工技術と排水装置

ボロブドゥールは榫(ほぞ)や溝で石材を噛み合わせ、目地と暗渠、吐水口を張り巡らせることで豪雨に耐える。マカラ形の樋口や段差に沿う水抜きは、熱帯モンスーンへの高度な適応を示す。地震国特有の微妙な揺れにも配慮した柔構造的な積層が推測される。

埋没・再発見と近代修復

王権の移動や宗教状況の変化、火山噴出物の堆積などにより、ボロブドゥールは長らく埋もれた。19世紀初頭、報告と部分的な発掘が進み、20世紀にはファン・エルプらの修復が実施された。1970年代から80年代の国際協力事業では、基壇の解体・排水改良・石材番号管理・再組積が行われ、構造安定と保存科学の基盤が整えられた。

保存管理と現代の課題

ボロブドゥールは世界的観光地であるが、過度な踏査や手触れ、生物風化、微細粒子の堆積、気候変動に伴う豪雨など、保存上の圧力が増している。入場動線の最適化、参詣人数の調整、表面保護とモニタリング、地域社会と観光経済のバランスが今後の鍵である。

儀礼・体験と周辺遺跡

年一度のヴェーサク祭では、仏教徒が灯明と読誦で聖地を囲む。夜明けの観照は地形と建築のシルエットを際立たせ、黙想の場としての価値を実感させる。メンドゥット寺院・パウォン寺院とボロブドゥールは一直線に並び、宗教的景観軸をなす。近隣のヒンドゥー寺院群との対照は、複合文化圏としての中部ジャワの厚みを示す。

研究の広がり

年代測定、石材由来解析、3D計測とデジタルアーカイブ、ストゥーパ配置の統計解析、交易圏史との連結研究など、多分野的探究が進む。ボロブドゥールは、仏教美術史のみならず、景観考古学・保存科学・社会経済史を横断する総合的な研究対象であり続ける。