ロビンソン=クルーソー
小説ロビンソン=クルーソーは、イギリスの作家デフォーが1719年に発表した冒険物語であり、近代小説の出発点の1つとされる作品である。イギリス北部出身の主人公ロビンソン=クルーソーが、航海中の難破によって無人島に漂着し、28年にわたって生き延びる過程を一人称で描いている。本作は、サバイバルの物語であると同時に、市民社会の勤勉・合理性・信仰を体現する人物像を通じて、18世紀イギリスの商業社会と植民地世界を映し出している点で重要である。
作者デフォーと成立背景
作者デフォーは、商人・政治パンフレット執筆者・小説家として活動した多才な人物である。彼はロンドンの商業世界に身を置き、国家財政や宗教問題に関する論説も多く残している。小説ロビンソン=クルーソーは、スコットランド人船乗りアレクサンダー・セルカークの漂流体験などを素材としながら、著者自身が知る商人階級の倫理や実務感覚を物語に織り込んだ作品である。
18世紀イギリス社会と読書文化
18世紀のイギリスでは、海外貿易と植民地拡大に支えられて市民階級が成長し、読み書きのできる人びとが急増した。ロンドンのコーヒーハウスでは新聞やパンフレットが回し読みされ、輸入された茶を飲みながら政治や経済が議論された。こうした環境のなかで、実用的な知識と娯楽を兼ね備えた物語としてロビンソン=クルーソーが広く受容されたのである。
あらすじの概要
ロビンソン=クルーソーの物語は、航海への憧れを抱く青年が、度重なる危険にもかかわらず海へ出ていく過程と、無人島での長い歳月を中心に展開する。
- 主人公は両親の反対を押し切って航海に出て、さまざまな商業活動に携わる。
- ある航海で嵐に遭い、船は難破して彼だけが無人島に漂着する。
- 彼は沈没船から道具・火薬・衣服などを運び出し、住居や畑を整え、家畜を飼育しながら生活基盤を築いていく。
- 孤独と恐怖のなかで聖書を読み直し、自らの罪と救いについて思索を深める。
- やがて島に現れた「フライデー」と名づけた先住民の青年を救い、彼に言語やキリスト教を教えつつ共に暮らし、最終的に島を脱出して文明社会へ帰還する。
主人公ロビンソンの性格と思想
ロビンソン=クルーソーは、勤勉で計画的に行動する人物として描かれる。彼は限られた資源を整理し、労働と時間の配分を工夫しながら、島全体を自らの「領地」として組織化していく。その態度は、商人としての帳簿付けや損益計算の感覚と結びついており、自然のなかであっても合理的な管理と労働によって秩序を打ち立てようとする近代的個人の姿を表している。
プロテスタント倫理と個人主義
主人公が危機のなかで聖書を読み、自己反省と感謝の祈りを繰り返す場面は、プロテスタント的な内面的信仰と結びついている。同時代の宗教的文学としてはバンヤンの天路歴程や、叙事詩失楽園を著したミルトンなどが知られるが、本作は教義そのものよりも、信仰を支えにして労働と自己管理を続ける市民像に重点を置いている点に特色がある。
植民地支配とフライデーの問題
ロビンソン=クルーソーは、長らく勤勉・自助努力の模範として読まれてきたが、近年は植民地主義との関わりからも批判的に検討されている。主人公は島を自らの所有地とみなし、先住民フライデーに対しては命の恩人でありながらも「主人」として振る舞う。彼はフライデーに英語とキリスト教を教え、ヨーロッパ的価値観を一方的に授けることで秩序を築こうとする。この構図は、ヨーロッパが非ヨーロッパ世界を支配し、文化や宗教を「文明化」として押し広げた歴史と重ねて読まれている。
受容とその後の影響
ロビンソン=クルーソーは刊行直後からヨーロッパ各地で翻訳され、子ども向け抄訳や道徳的教訓を強調した改作が数多く生まれた。孤島での自給自足生活という骨格は「ロビンソナーデ」と呼ばれる物語類型を作り出し、後世の冒険小説や少年少女文学に大きな影響を与えた。また、無人島を舞台にした作品は、人間と自然・文明・所有の関係を考える思想的な実験場ともなり、教育思想や社会思想の議論にも取り入れられてきた。同じく英文学に属するコーヒーハウス文化や他の宗教的・道徳的作品とあわせて読むことで、18世紀イギリス市民社会の精神風土を立体的に理解することができる。