ムハンマド=アブドゥフ|イスラーム改革の中心的思想家

ムハンマド=アブドゥフ

ムハンマド=アブドゥフは、19世紀末から20世紀初頭のエジプトで活躍したイスラーム改革思想家であり、伝統的学問を尊重しつつも、近代的理性や科学を受け入れようとした代表的な知識人である。師であるアフガーニーとともに、イスラーム世界の統一と再生を掲げるパン=イスラーム主義思想に共鳴しつつ、現実の政治・社会状況を踏まえた穏健な改革路線を追求した点に特徴がある。その思想は、近代イスラーム思想史において「改革主義」「近代主義」の出発点とみなされ、今日に至るまで議論の対象となっている。

生涯と時代背景

ムハンマド=アブドゥフは1849年頃、ナイル川デルタ地帯の農村に生まれた。若くしてカイロに上り、イスラーム世界屈指の高等教育機関アル=アズハル学院で学び、伝統的な神学・法学・論理学を修めた。当時のオスマン帝国およびエジプトは、ヨーロッパ列強の軍事的・経済的圧力の下に置かれ、政治的従属と社会の停滞が問題視されていた。こうした状況下で、宗教の名のもとに守旧的な権威が温存されている現実を目の当たりにし、宗教そのものではなく理解の仕方こそを改革すべきだと考えるようになった。

アフガーニーとの出会いと思想形成

アル=アズハル在学中に出会ったアフガーニーは、ムハンマド=アブドゥフの思想形成に決定的な影響を与えた。アフガーニーは、イスラーム世界全体の団結によって欧米列強に対抗しようとする政治的色彩の強い思想家であり、その講義や議論を通じて、アブドゥフは宗教改革と政治改革を結びつける視点を身につけた。やがて彼は師と共に新聞活動や政治批判を行い、エジプト支配者層やイギリスに対する批判を展開したために追放・亡命を経験するが、この経験が広いイスラーム世界を視野に入れた思考を育てる契機となった。

イスラーム改革思想と理性主義

ムハンマド=アブドゥフの中心的関心は、啓典と預言者のスンナに基づく本来の宗教精神を取り戻し、硬直化した学説や慣習を批判的に見直すことであった。彼は、啓示と理性は本来矛盾せず、正しく用いられた理性は神の意志を理解する手段であると主張し、近代科学や合理的思考を受け入れる理論的基盤を整えた。その主張は、迷信や聖者崇拝、学派への盲従を批判しつつ、イスラーム信仰の核を守ろうとするバランス感覚に特徴がある。

  • 信仰の核心(唯一神信仰と倫理)と歴史的・可変的な慣習を区別すること
  • 合意や先例だけに頼るのではなく、自立的な解釈(イジュティハード)を重視すること
  • ヨーロッパ文明を全面的に否定するのではなく、批判的に受容すべきだとする姿勢

教育改革とアル=アズハルの近代化

エジプト帰国後、ムハンマド=アブドゥフは官僚や教育行政にも関わり、特にアル=アズハル学院の改革に尽力した。従来の暗記中心・教科限定の教育から、歴史・数学・自然科学・外国語といった世俗科目も取り入れたカリキュラムへの転換を進め、近代国家を支える人材育成をめざしたのである。この教育改革は、宗教教育と近代教育の対立を和らげ、イスラーム世界内部から近代化を推進する試みとして評価される。同時に、伝統的権威を持つウラマー層からの反発も招き、改革の範囲と速度をめぐって緊張が生じた。

法学・イスラーム法解釈の特徴

ムハンマド=アブドゥフは、エジプトの大ムフティに任命され、宗教的見解を公的に示す立場に立った。彼はイスラーム法の本来の目的が社会の公益や正義の実現にあると考え、社会状況の変化に応じた柔軟な解釈を行ったことで知られる。例えば、従来の学派解釈にとらわれるのではなく、諸学派の見解を比較して最も適切なものを採用する姿勢を示し、契約・家族・商取引などの分野で近代法との調整を図った。このような態度は、近代国家の法体系と伝統的宗教法との共存を模索する試みとして、その後のイスラーム諸国の立法にも影響を与えた。

政治・社会思想と西アジアの民族運動

政治面でムハンマド=アブドゥフは、急進的革命よりも、教育と道徳の向上を通じた漸進的改革を重視した点で師のアフガーニーと異なる。彼は専制政治や外国支配を批判しつつも、まず社会内部の腐敗や無知を克服する必要性を説き、立憲政治や法の支配の導入を支持した。この立場は、西アジア各地で展開した西アジアの民族運動と立憲運動や、近代的ナショナリズムの形成と深く結びついている。また、彼の穏健な改革主義は、イスラーム共同体を再生しつつ欧米近代文明と対話しようとする政治思想として位置づけられる。

後継者とイスラーム思想史への影響

ムハンマド=アブドゥフの思想は、弟子ラシード=リダーらを通じて20世紀のイスラーム運動に大きな影響を与えた。リダーは師の改革主義を受け継ぎつつも、より政治的・運動的な方向に発展させ、一部は後のイスラーム主義運動とも接続していく。一方で、アブドゥフの理性主義的解釈は、宗教と科学の調和を模索する知識人やリベラルな改革派にも継承され、イスラーム世界内部の思想的多様性を生み出す要因となった。こうして彼は、近代イスラーム思想史における「伝統と近代の架け橋」として評価され、エジプトのみならず広範なイスラーム世界において今なお参照され続けている。