パッシブノイズ制御
パッシブノイズ制御は、電源や能動回路を用いず、材料の物性や構造の工夫によって音エネルギーの伝播・放射を抑える手法である。吸音、遮音、防振、制振、拡散、消音器などの手段を組み合わせ、音源―経路―受音点のいずれかで損失(散逸)を大きくすることにより静粛化を図る。構造が単純で信頼性が高く、広帯域で安定に機能する一方、低周波では物量(質量・厚さ)や空間を要する傾向がある。設計では対象機械のスペクトル、設置環境、耐久・安全要件を踏まえ、最小の付加で最大の効果を得る配置を選ぶことが重要である。
原理と特徴
基本原理は、①多孔質や微細構造に粘性・熱的損失を生じさせて吸収する(吸音)、②遮蔽物や囲いで気中伝播を遮断する、③防振要素で機械的結合を弱める、④パネルや筐体の制振で音響放射を減らす、⑤拡散や散乱(回折音を含む現象の活用)で音場のピークを均し、⑥共鳴・干渉を利用して特定帯域を弱める、の6系統である。効きは周波数依存で、波長に対する寸法比やインピーダンス整合が支配的となる。特に低周波では大きな波長が障壁となり、物理寸法・質量の確保が鍵になる。パッシブノイズ制御は受動的でロバストに働き、外乱や位相変動に敏感でない点が特徴である。
主要な手法
吸音材(多孔質・微細構造)
- 繊維系やフォーム系、微細穿孔板などで境界層に粘性損失を生じさせる。周波数が上がるほど表面抵抗が増し、所要厚さは薄くなる。設計の要は空隙率、流れ抵抗、背後空気層の設定である(詳細は吸音)。
- 有効厚みは概ね「1/4波長」を目安にし、背後空気層や穿孔率を調整してインピーダンス整合を図る。
遮音・囲い(バリア)
単板の遮音は「質量則」に従い、面密度を増すほど透過損失が向上する。中高周波では二重壁+中間層で共鳴・コインシデンスの谷を避ける。囲いは隙間・開口の処理が最重要で、ケーブル貫通部や換気口にはラビリンスや消音ダクトを併設する。対象のスペクトルや伝播様式(例:伝搬音)を見極め、必要最小の厚さと剛性を与えることが肝要である。工場設備の外装では機械騒音の主放射面を覆うパネル配置が有効である。
防振・絶縁(アイソレーション)
ばね・ゴム・空気ばね等で機械的結合を弱め、源から構造体への力伝達を下げる。固有振動数を励振周波数の十分下(目安0.3倍以下)に置くと伝達率が低下する。選定では荷重分担、静たわみ、減衰係数、据付高さ、共振時の過渡応答が評価点である。特に振動源が強い場合は、据付面の剛性・共振も合わせて最適化する。
制振(ダンピング付与)
粘弾性材の貼付やサンドイッチ(CLD)で曲げ波の損失係数を高め、板・筐体からの音の放射起点を弱める。局所的ホットスポットに対する部分貼付でも効果は大きい。板厚・拘束板厚・粘弾性材の損失特性は温度・周波数で変わるため、使用環境での損失係数を確認し、面密度の過大化を避けつつ伝搬音の放射効率を抑える。
消音器(ダクト・吸排気)
膨張形や多室形、直管吸音形、反応形などを用い、挿入損失を確保する。ヘルムホルツ型は頸部長さ・断面とキャビティ容積で狙い周波数を同調する(共鳴の利用)。直管吸音形は流阻増加と性能のトレードオフを、反応形は狭帯域化を考慮する。
拡散・室内音場の整え
反射面の一部を拡散体化して初期反射の集中を緩和し、定在波のピーク・ディップを平滑化する。室の形状係数や残響時間(残響)を狙いに合わせて調整し、聴感上の粗さや明瞭度を改善する。
設計手順
- 現状把握:1/3オクターブで騒音スペクトルを取得し、主要な騒音源と振動源、支配的な伝達経路を特定する。
- 目標設定:規制値、作業環境、快適性指標に基づき、帯域別の目標低減量(dB)と許容コスト・質量・スペースを定める。
- 手段選定:源対策(バランス・制振)/経路対策(遮音・防振・消音)/受音点対策(吸音・拡散)を組み合わせ、数値見積り(挿入損失・透過損失・放射効率)で全体効果を積上げる。
- 試作・チューニング:隙間や支持条件の感度を確認し、ヘルムホルツの同調、CLDの被覆率や位置を調整する。測定は運転条件を揃え再現性を確保する。
- 耐久・安全:温湿度、油剤、粉塵、火災性、清掃性・保守性を評価し、劣化時の性能低下を見込む。
評価と指標
評価には、挿入損失(IL)、透過損失(TL)、吸音率α、騒音レベル(A特性)、バンド別の音圧・音響パワー、放射効率、伝達率などを用いる。囲いでは総合IL、パネルではTLと曲げ波のコインシデンス周波数、アイソレーションでは固有振動数と伝達率カーブ、ダクトでは流量に対する圧力損失も重要である。測定はマイクロホン配置や背景騒音の管理、運転点の再現に留意する。
注意点と限界
低周波は質量・厚さ・容積を要しがちで、設置制約とトレードオフになる。わずかな開口・隙間でも効果を大きく損なうため、止水・止音のディテール設計が肝要である。支持剛性や据付方法が変わると共振が移動し、性能がばらつくことにも注意する。材料の経年・温度依存は制振と吸音で特に顕著である。必要に応じて能動的手段との併用で帯域を補完し、全体最適を図る。
適用例
- 回転機械の囲い:高放射面の局所遮音+内部吸音、基礎の防振で多経路を同時に抑制。
- 空調ダクト:反応形・直管吸音形の消音器を系統別に配置し、流量と圧損を両立。
- 自動車NVH:フロア遮音、ルーフ・パネルのCLD、フェルト吸音で帯域別に最適化。
- 建築:二重壁+空気層、浮き床、天井吸音・拡散で室用途に合致させる。
静粛化は音源・経路・受音点の物理をほどく作業である。スペクトルと幾何に即して手段を選び、隙間や支持条件など細部を詰め、検証―改良のループを短く回すことが成功を左右する。機器・室・配管の各スケールでパッシブノイズ制御を適用すれば、追加の電力や制御系を要さず安定した静音を実現できる。