コロンビア|独立と多民族国家が築く現在

コロンビア

南アメリカ北西部に位置するコロンビアは、カリブ海と太平洋の両方に面し、アンデス山脈とアマゾン流域を抱えた多様な自然環境を特徴とする国家である。首都ボゴタを中心に高地の都市が発展しており、コーヒーや花卉などの農産物、石油・石炭などの資源、そしてサービス業が経済を支えてきた。一方でコロンビアは、長期にわたる内戦や麻薬取引などの社会問題を抱えながら、和平と民主化、経済成長を模索してきた歴史を持つ。

地理と自然環境

コロンビアは北にカリブ海、西に太平洋を望み、東部はベネズエラ平原、南部はアマゾン盆地へと続く。国土中央を南北にアンデス山脈が貫き、高地に主要都市が集中する。首都ボゴタは標高約2600mの高原にあり、年中温暖な気候を持つ。カリブ海沿岸にはカルタヘナなどの港湾都市が発達し、植民地時代から貿易拠点として重要であった。また、気候帯も熱帯雨林から高山気候まで幅広く、コーヒー栽培に適した中高度の山地は後に「コーヒーベルト」として世界市場と結びつくことになる。

植民地時代と独立運動

近世に入ると、現在のコロンビア地域はスペイン帝国の支配下に入り、新グラナダ副王領の一部として統治された。ボゴタ(当時はサンタフェ・デ・ボゴタ)は行政と教会の中心地として機能し、ヨーロッパ系エリートと先住民、アフリカ系奴隷が複雑な身分秩序を形成した。18世紀末から19世紀初頭にかけて、本国スペインの動揺と啓蒙思想の広がり、さらにラテンアメリカの独立運動の高まりの中で、クレオール(植民地生まれの白人)層を中心とした独立要求が強まった。解放者と称されるシモン=ボリバルは、現在のコロンビアを含む広大な地域で解放戦争を指導し、スペイン軍を撃破して独立を達成した。

大コロンビアからの分離

独立後、現在のコロンビアは、ベネズエラやエクアドルとともに、ボリバルの構想した連邦国家大コロンビアを形成した。この国は、広域にまたがる共通の国家として新しい秩序を築こうとしたが、地域間の利害対立や中央集権をめぐる政治対立が深刻化した。やがてベネズエラエクアドルが離脱し、連邦は崩壊してしまう。大コロンビア解体後、現在のコロンビアは「ニュグラナダ共和国」「コロンビア合衆国」などの名称を経ながら、自らの国家体制を模索していくことになる。

19〜20世紀の政治と内戦

19世紀後半から20世紀前半のコロンビアは、自由党と保守党の対立が激しく、幾度もの内戦を経験した。とりわけ19世紀末の「千日戦争」は、莫大な人的・経済的損失を生み、社会の分断を深めた。また、20世紀初頭にはパナマ地峡をめぐる問題が国際政治と結びつき、パナマ分離独立とその後のパナマ会議の評価は、外交史やラテンアメリカ近代史における重要な論点となっている。その一方で、コーヒー輸出の拡大によって外貨収入が増え、地方農村社会と世界市場が結びついた。

現代の政治制度と経済

20世紀後半のコロンビアは、形式的には民主制を維持しつつも、ゲリラ組織、右派パラミリタリー、麻薬カルテルなど多様な武装勢力が併存する不安定な状況に置かれた。冷戦構造と麻薬取引が絡み合い、農村部では暴力と貧困が長期化した。1991年憲法は人権保障と地方分権を強調し、新たな民主的枠組みを提示したが、治安問題は容易に解決しなかった。21世紀に入ると、一部ゲリラとの和平合意や治安対策が進み、投資環境も整いつつある。コーヒー、花卉、石炭、石油などの輸出に加え、サービス業や観光も拡大しており、北米やアメリカ合衆国の発展との経済関係も強まっている。

文化・社会とアイデンティティ

コロンビア社会は、先住民、ヨーロッパ系、アフリカ系、そしてそれらの混血層からなる多様な民族構成を持つ。スペイン語が公用語であり、カトリックを中心とする宗教文化が深く根づいているが、地域ごとに音楽・料理・祭礼などの伝統が豊かに発展している。カリブ沿岸のクンビアや、アンデス地域のフォルクローレは、ラテン音楽の重要な源泉である。また、ガルシア=マルケスに代表される文学は、「魔術的リアリズム」の表現を通じてコロンビアとラテンアメリカの歴史的経験を描き出し、世界文学にも大きな影響を与えた。隣接するボリビアや他の南米諸国、さらにはラテンアメリカの独立全体の文脈の中でコロンビアを位置づけることによって、この国の歴史と文化の特質が一層明確になる。