ラテンアメリカの独立|革命と国民国家形成の軌跡

ラテンアメリカの独立

ラテンアメリカの独立とは、スペイン帝国やポルトガル帝国の支配下にあったアメリカ大陸の植民地が、主として19世紀前半に相次いで主権国家として自立していった歴史過程である。植民地社会の矛盾、先行するアメリカ独立戦争フランス革命の衝撃、そしてヨーロッパでのナポレオン戦争が引き金となり、メキシコからアルゼンチン、ブラジルに至るまで広大な地域で独立運動が展開された。

植民地支配の構造と背景

近世以来、ラテンアメリカは銀山や農産物を供給する巨大な植民地としてスペインとポルトガルに組み込まれていた。インディオやアフリカ奴隷がプランテーションや鉱山で酷使される一方、政治・行政の最高職は本国出身者であるペニンスラール(本国生まれの白人)が独占していた。現地生まれの白人であるクリオーリョは経済力を蓄えながらも政治的には排除され、その不満がラテンアメリカの独立の土台となった。

啓蒙思想と市民革命の影響

18世紀後半になると、ヨーロッパや北米から啓蒙思想が流入し、「自由」「平等」「人民主権」といった理念が知識人やクリオーリョ層に広まった。とりわけアメリカの独立と市民革命としてのフランス革命は、植民地で暮らす人々に「自分たちも国家を形成しうる」というイメージを与えた。印刷物や秘密結社を通じて、王権への忠誠よりも祖国・祖国民への忠誠を重視するナショナリズムが醸成され、これがラテンアメリカの独立の思想的基盤となる。

ナポレオン戦争と独立の契機

決定的な契機となったのが、ヨーロッパにおけるナポレオン戦争であった。1808年、ナポレオンはスペイン王家を廃位し、自らの兄を国王に据えたため、スペイン本国の王権は大きく動揺した。この王権の空白のもとで、ラテンアメリカ各地の都市では自治政府(フンタ)が樹立され、「正統な王の名のもとで自治を行う」という名目から、やがて完全な独立要求へと傾斜していった。

メキシコの独立運動

1810年、メキシコでは神父イダルゴが蜂起し、農民やインディオを動員してスペイン支配に反旗を翻した。この運動は一度は鎮圧されたものの、その後モレロスらが継承し、独立の理念を広めていく。最終的にはクリオーリョの保守派と一部王党派が利害の一致から独立に合意し、1821年にメキシコは形式上の王政をとりつつもスペインからの独立を達成した。ここでも社会階級間の微妙な妥協がラテンアメリカの独立の性格を形づくった。

南米におけるボリバルとサン・マルティン

南米大陸では、北部を中心に活動したシモン・ボリバルと、南部から進軍したホセ・デ・サン・マルティンが独立運動の中心人物となった。サン・マルティンはアンデス山脈を越えてチリを解放し、さらにペルーに進軍した一方、ボリバルはベネズエラやコロンビアで軍を率いてスペイン軍と戦い、グラン・コロンビアと呼ばれる大国家を構想した。両者の会談後、サン・マルティンは表舞台から退き、ボリバルが最終的に植民地支配を崩壊させるが、その後グラン・コロンビアは分裂し、多数の共和国が誕生した。

ブラジルの比較的穏健な独立

ポルトガル領ブラジルでは、スペイン系植民地と異なるプロセスでラテンアメリカの独立が進行した。ナポレオンの侵攻を受けてポルトガル王家が一時的にブラジルへ移住し、リオデジャネイロは事実上の首都となった。ナポレオン失脚後、王家が帰国すると、現地に残った皇太子ペドロが「この地にとどまる」と宣言し、1822年に皇帝として即位してブラジル帝国を樹立した。ここでは王政を維持したまま本国からの独立が実現し、他地域に比べて流血の度合いは小さかったとされる。

独立後の社会と経済の課題

独立を果たした諸国は、ただちに安定した国家になったわけではなかった。各地で地域間対立や中央集権派と連邦派の争いが生じ、軍人出身の指導者(カウディーリョ)が権力を握ることも多かった。経済面では、植民地時代と同様に一次産品の輸出に依存し、工業化は遅れたため、世界経済が変動すると脆弱さを露呈した。大土地所有制の継続や奴隷制の残存は、社会的不平等を温存し、これは後の政情不安や革命運動の背景となる。

国際関係とモンロー主義

ラテンアメリカの独立は国際秩序にも影響を与えた。欧州の旧体制諸国は植民地回復を模索したが、アメリカ合衆国は1823年にモンロー主義を掲げ、「新大陸への欧州再介入」を牽制した。一方で、イギリスは新たな市場としてラテンアメリカを重視し、独立諸国を承認して通商関係を結んだ。こうしてラテンアメリカは、形式的には独立国家でありながらも、経済的には欧米列強への依存を強めていくことになる。

世界史の中での意義

ラテンアメリカの独立は、欧米の市民革命の波が大西洋を越えて広がり、非ヨーロッパ世界に多数の共和制国家を誕生させたという点で、世界史上大きな意義を持つ。同時に、その独立は社会的平等の完全な実現を意味したわけではなく、エリート支配や経済的従属の構造は長く残された。のちの民族運動や社会革命、さらには20世紀の反帝国主義運動は、この未解決の課題に対する新たな回答を模索する試みとして理解することができる。ここに、ラテンアメリカ史が産業革命後の世界資本主義の展開と緊密に結びついている理由がある。