イソシアネート
イソシアネートは、-N=C=Oで表される官能基(イソシアネート基)をもつ有機化合物の総称である。一般式はR-N=C=Oで書かれ、工業界では「NCO基」と略して呼ばれることが多い。活性水素をもつ化合物と速く反応するため、ポリウレタンの主原料として使われている。製品は家具のクッション、冷蔵庫の断熱材、自動車の塗料、靴底まで幅広い。反応性が高いぶん毒性も強く、取り扱いには法規制がかかる。
発見からポリウレタン工業までの歩み
最初に合成されたイソシアネートは、1848年にフランスの化学者シャルル・アドルフ・ヴュルツが得たエチルイソシアネートである。ただし、その後およそ90年間は実験室で扱う珍しい化合物にとどまった。転機になったのは1937年である。ドイツIGファルベン社のオットー・バイエルが、ジイソシアネートとポリオールを重付加させてポリウレタンを生み出した。第二次世界大戦後、この技術は軟質フォームや合成皮革として量産されるようになり、今では世界の化学産業でも生産量の大きい分野の一つになっている。
NCO基の反応性
反応性が高い理由は、N=C=Oの中央にある炭素原子の電子が不足していることにある。電子の多い原子をもつ化合物(求核剤)は、この炭素に引き寄せられて結合する。代表的な化学反応を次に示す。
- アルコールとの反応:R-NCO + R′-OH → R-NH-CO-O-R′(ウレタン結合)
- アミンとの反応:R-NCO + R′-NH2 → R-NH-CO-NH-R′(ウレア結合)
- 水との反応:R-NCO + H2O → R-NH2 + CO2
- 自己重合:3分子が環状につながってイソシアヌレート環をつくる
水との反応で出る炭酸ガスは、軟質フォームを膨らませる発泡剤としても使われる。ウレタン化の速さは、スズ系やアミン系の触媒を加えて調整する。
工業用イソシアネートの種類
工業用としては、NCO基を2つもつジイソシアネートが主流である。芳香族系と脂肪族系に大きく分けられ、性能と価格がかなり違う。
| 名称 | 略称 | 分類 | 主な特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| トリレンジイソシアネート | TDI | 芳香族 | 沸点約251℃。2,4-体と2,6-体を80:20で混ぜたTDI-80が一般的 | 軟質フォーム |
| ジフェニルメタンジイソシアネート | MDI | 芳香族 | 純品の融点は約40℃。ポリメリックMDIは常温で液体 | 硬質フォーム、エラストマー |
| ヘキサメチレンジイソシアネート | HDI | 脂肪族 | 日光で黄色くなりにくい | 自動車補修塗料 |
| イソホロンジイソシアネート | IPDI | 脂環族 | 耐候性が高く、反応がゆるやか | 粉体塗料、コーティング |
芳香族系は安価で反応が速いが、紫外線に当たると黄色く変色する。そのため屋外で使う塗膜には、価格が数倍でも脂肪族系を選ぶのが一般的である。
製造方法とホスゲン問題
工業的な製造の中心は、第一級アミンとホスゲンを反応させる方法である。たとえばTDIは、トルエンをニトロ化・還元してトルエンジアミンにし、これをホスゲンと反応させて得る。ホスゲンは毒性が非常に強いガスなので、製造プラントには何重もの密閉設備と除害設備が必要になる。ホスゲンを使わない方法(ジメチルカーボネート法や還元カルボニル化法など)も研究されてきた。しかし、生産コストの面で大規模な実用化は限られている。
健康への影響と事故の教訓
ジイソシアネート類は、少量を吸い込むだけで呼吸器を刺激する。さらに、何度もさらされるうちに体が過敏になり(感作)、職業性ぜんそくを起こすことがある。一度感作されると、ごく微量でも発作が起こるのが特徴である。大きな教訓になったのが、1984年12月にインド・ボパールで起きた事故である。ユニオンカーバイド社の工場からメチルイソシアネート約40tが漏れ出し、数千人以上が亡くなった。化学工業史上でも最悪級の災害とされている。
国内外の規制
日本では、TDIなどが労働安全衛生法の特定化学物質に指定されている。TDIの管理濃度は0.005ppmと非常に低い。局所排気装置の設置や作業環境測定、特殊健康診断も義務づけられている。EUでは、REACH規則によって2023年8月24日から規制が強化された。ジイソシアネート濃度が0.1wt%以上の製品を業務で扱う人は、事前に研修を受けなければならない。
製造現場での取り扱いのポイント
現場で最もトラブルになりやすいのは水分である。ドラム缶に湿った空気が入ると、内部で炭酸ガスが発生して缶が膨らんだり、表面に固いウレア層ができたりする。このため開封後は窒素で置換し、しっかり密閉して保管するのが基本である。純MDIは常温で保管すると二量体ができて濁ってしまう。そこで5℃以下で冷やして保管するか、40〜45℃で溶かした状態を保つ方法がとられる。ポリメリックMDIは寒い時期に結晶が出やすく、冬場には保温倉庫や加温ベルトが必要になることもある。原料を受け入れる際の品質確認には、JIS K 1603に基づくNCO含有率の測定がよく使われる。この値がずれると配合比も狂うため、ロットごとに確認する工場が多い。
ブロックイソシアネートという工夫
NCO基を保護剤で一時的にふさいだ「ブロックイソシアネート」もある。常温ではほとんど反応しないが、120〜160℃程度に加熱すると保護剤が外れ、NCO基が再び反応できるようになる。主剤と硬化剤をあらかじめ混ぜておける一液型の接着剤や、自動車の焼付け塗装に向いている。保護剤には、オキシム類、フェノール類、カプロラクタムなどが使われる。外れる温度は保護剤の種類で変わるので、焼付け炉の設定温度に合わせて選ぶ必要がある。また、外れた保護剤は加熱時に蒸発して出てくるため、炉の排気処理も設計に含めておかなければならない。
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