食料生産革命(新石器革命)|農耕の発達と四大文明

食料生產革命

食料生產革命(新石器革命)とは、獲得経済から生産経済への発展をいう。人類は、400万年以上前の猿人の時代から採集・狩猟・漁労を中心とした獲得経済を行っていたが、現在から数千年前になって、人類は農耕と牧畜を開始し、集落をつくって定住するようになった。この新石器革命時代を境目に、考古年代では、旧石器時代から新石器時代への移行だと定義される。

農耕の発達
農耕の発達

目次

農耕の起源

  • 西アジア単一起源説:農耕・牧畜の起源は西アジアが単一起源で各地に広まった
  • 多源説:ユーラシアのいくつかの地域、アフリカ、アメリカで相前後してそれぞれ独自に発生した

多源説

多源説によれば、西アジアを中心に小麦が農耕されていたが、東アジアでは中国黄河流域で前6000年ころ、米や薬などの雑穀、大豆などの裁培と犬・豚の家畜化が始まった。そして前5000年ころの浙江省河姆渡遺跡からは水稲栽培がおこなわれていたことがわかっている。西アジアとは異なる米を主食とする農耕が広がっていった。
一方、南アジアのインダス上流でも前7000年ころ、小麦・大麦の栽培と生・山羊・羊の牧畜が始まったされている。ガンジス川峡谷では少し遅れて稲の栽培がおこなわれだした。
アフリカでは、現代よりも湿潤で、前6千年紀にはアフリカ北西部に西アジアから小麦・大麦の栽培が伝わったが、中南部ではすでに前7千年紀からヤムイモ、キャッサバの栽培、牛の家畜化が始められていた。彼らアフリカの初期農耕民は今は砂漠化したサハラに動物を描いた岩絵を残している。
アメリカでは、中部から前7000~前4000年にかけて独自のジャガイモやトウモロコシの栽培が始められていた。

宗教の成立

食料生產革命(新石器革命)は人々の宗教に影響を与えた。農耕が発達すると、人々の生活を定住に変えた。また生産技術発展により食糧供給が安定し、人口も増加するようになる。ある程度の集団のコミュニティができあがると、統率をとるために独自の宗教が作られ、しばしば祭祀を中心とした呪術が生まれるようになった。都市国家では、豊饒と多産を祈願するための女性像やそのための儀式が行われる傾向が認められる。狩猟の人々とは異なり、採集と農耕には女性の活躍の比重が大きく、初期農耕民の間では母権的な社会にむかう傾向があったと考えられている。

交易

食料生產革命(新石器革命)のあと、あるいはそれ以前から、遠隔地との交易が行われており、それに伴う文化の伝播もみられた。西アジアではそこで取れないはずの黒曜石が発見され、キュクラデス諸島やシチリア・サルデーニャ島から運ばれたことがわかっている。またヨーロッパ北部に産する琥珀も宝石として珍重され、前7千年紀には西アジアにもちこまれている。

分業の発達

黒曜石
黒曜石

食料生產革命(新石器革命)によって生産余力の増加すると、農耕以外の労働にたずさわる人々も現れ、これらの技術をもつ専門職人が出現した。社会には階層差も見出されるようになり、埋葬のようすから集落の初期的な権力者の出現がうかがわれる。人間の権利、私有や商取り引きの観念なども発達していった。西アジアにみられる印章はそれらを象徴している。

イラクのジャルモ遺跡

農耕・牧畜は、まず西アジアから東地中海域一帯で始まった。イラクのジャルモ遺跡などが最古の新石器時代の集落として知られ、おもに麦の栽培と山羊・羊などの飼育がおこなわれた。

乾地農法

初期の農法は乾地農法であった。まだ農具が未発達で、樹木や雑草を取り除くことが困難なため、耕地にはおもに適度な降水量が期待できる乾地が選ばれた。雨水に頼り、肥料をほどこさず、連作不能になるまで地力を消費する略奪農法であったため、ひんぱんに耕地を移動する必要があり、大集落に発展することはなかった

三器

農耕が定住を促すと、器が必要となってくる。三器は、これを粘土をこねて形をつくり、焼いた器である。農耕定着生活に伴って普及し、貯蔵用・調理用のほか、儀式用として発達した。

彩文土器

石器が繊細なものになっていく一方、彩文土器が前5千年紀につくられはじめ、簡単な銅・青銅製品も使用されだした。彩文土器とは、素焼の地に赤・黒・白などの顔料を用いて文様を描いた土器でメソポタミアを中心にエジプト・ヨーロッパ・インド・中央アジア・黄河中流域の中国にまで分布している。なお、中国では彩陶と呼ばれる。彩文・塗彩・描画などの種類があり、動物や狩猟などの絵から当時の文化が知られる。

氏族

氏族とは、共通の祖先を持つという意識で結ばれた社会集団または血縁共同体である。農耕・牧畜の発達に伴って、耕地や家畜を共有する氏族共同体必要となり、大きく発展した。共同体の成員同士は平等で、祖先の祭祀を共同で行った。

灌漑農業

灌漑農業とは、農耕に必要な水を人工的に供給する農業である。前5000年ころからユーラシア・アフリカの各地に波及し、それぞれの地域の風土にあった作物栽培や牧畜へと発展していった。自然に依存する乾地農法にくらべ、収穫量が増えると同時に共同作業が必要となり、共同体が発達して都市が成立する。特にナイル川、ティグリス・ユーフラテス両河、インダス川、黄河といった乾燥地帯の大河流域では、灌漑農耕の必要から大集落が形成されるようになり、大規模な都市が必要となり、文明発生の条件が整った。

四大文明

ナイル川、ティグリス・ユーフラテス両岸、インダス川、黄河流域は沃地に恵まれ、農牧文化の中心として発展し、世界四代文明の発祥地となった。西アジアではティグリス・ユーフラテス両河のほとりで灌漑事業が他にさきがけて始められ、初期農村から神殿を中心とする都市への成長がみられることになる。


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