遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)
遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、遷移金属元素(MoやWなど)とカルコゲン元素(S、Se、Te)の組み合わせからなる層状化合物だ。原子層がバニラサンドのように積層されているため、グラファイトに似た剥離特性を示し、ナノメートル単位の薄膜として取り扱える点が注目されている。特にMoS2やWS2などはバンドギャップを持つため、グラフェンと異なりトランジスタのオン・オフ動作を実現できる半導体材料として研究が進んでいる。さらにこの材料群は電子、スピン、光学など多様な物性を示すため、フレキシブルエレクトロニクスや量子デバイスの候補にも挙げられている。
層状構造の特徴
TMDの層状構造は、単層あたり遷移金属原子の層がカルコゲン原子層に挟まれた三原子層(MX2構造)を基本単位とする。この積層は層間相互作用がファンデルワールス力中心であるため、比較的弱く、テープ剥離などの簡易手法で単層を取り出せる。単層化によってバンド構造が変調し、バルクと単層で異なる光学特性や電気特性を示すことが大きな魅力となっている。
代表的材料
TMDの中でも代表的なものとしてMoS2、WS2、MoSe2、WSe2などが挙げられる。MoS2は豊富に存在し、比較的安価な硫化モリブデン鉱物を起源に合成が可能であることから研究対象として人気が高い。WS2やWSe2はモリブデン系と比べて光学バンドギャップや電子移動度などに特徴があり、それぞれ異なる波長域での発光や電気特性を示すため、用途に応じて材料を選定する自由度が高い。
電子的・光学的特性
TMDは薄層化すると直接バンドギャップを持つ材料が多く、優れたオン・オフ比を実現するFET(Field-Effect Transistor)のチャネル材料として注目される。また高い光吸収係数を有し、発光効率も単層化によって改善されるため、光センサや発光デバイスへの応用が期待されている。さらにスピンやバレーといった新たな自由度を活用するスピントロニクスやバレートロニクスにも有望視され、基礎研究が盛んに進められている。
多様なデバイス応用
TMDを用いたデバイスとしては、柔軟な基板上にトランジスタを形成するフレキシブルエレクトロニクスや、高感度光検出器、センサなどが挙げられる。薄膜かつ軽量であるため、ウエアラブル端末や曲面ディスプレイなどの設計自由度を大きく広げる。またヘテロ接合構造を組み合わせることで、トンネルFETや超高速スイッチングデバイスの開発が進められており、新概念のデバイスアーキテクチャを生み出す可能性を秘めている。
成膜・合成手法
TMDの合成手法としては、テープ剥離のほか、CVD(Chemical Vapor Deposition)による大面積成膜が注目を集めている。CVDではMoO3やWO3などの酸化物ソースと硫黄、セレンなどのカルコゲン源を熱分解し、基板上で化学反応を進行させる。これにより単層から数層にわたって均一な成膜が可能になるが、欠陥密度や結晶粒界などの制御が課題となる。一方、ALD(Atomic Layer Deposition)のように原子レベルで成膜量を制御できる技術も研究されており、高品質TMD膜の実現に向けて多角的なアプローチが試みられている。