立方晶窒化ホウ素
立方晶窒化ホウ素(cubic Boron Nitride、略称cBN)は、ホウ素と窒素が1:1で結合した化合物のうち、閃亜鉛鉱型の結晶構造をもつ人工材料である。硬さはダイヤモンドに次ぐ。そのうえ鉄系金属と反応しにくく、高温の大気中でも酸化しにくいため、焼入れ鋼や鋳鉄の切削・研削に欠かせない工具材料となっている。天然にはほとんど存在せず、工業的には高温高圧下で合成される。
1957年、GEでの合成成功
立方晶窒化ホウ素は、1957年に米国General Electric社のロバート・H・ウェントーフ(Robert H. Wentorf Jr.)によって初めて合成された。同社が1955年に人工ダイヤモンドの合成を発表した直後のことで、同じ超高圧装置を使い、黒鉛と似た層状構造をもつ六方晶窒化ホウ素(hBN)を出発原料にした。GEはこの材料を「ボラゾン(Borazon)」の商品名で1969年ごろから砥粒として販売し、この名は現在も商標として残っている。日本では1970年代から住友電気工業や昭和電工などが合成と工具化に取り組み、自動車部品の加工ラインで広く使われるようになった。
結晶構造と主な物性
結晶はホウ素原子と窒素原子が交互に四面体配位した閃亜鉛鉱型で、格子定数は約0.3615 nm。ダイヤモンドの炭素原子をB原子とN原子に置き換えた構造にあたる。単結晶のビッカース硬さはおよそ45〜50 GPaで、約100 GPaのダイヤモンドには及ばない。それでも大気中では約1300℃まで安定しており、600〜700℃前後で酸化が始まるダイヤモンドより耐熱性ではるかに勝る。主な特性を以下の表で比べる。
| 項目 | 立方晶窒化ホウ素(cBN) | ダイヤモンド | 六方晶窒化ホウ素(hBN) |
|---|---|---|---|
| 結晶構造 | 閃亜鉛鉱型 | ダイヤモンド型 | 層状六方晶 |
| 密度(g/cm3) | 約3.48 | 約3.52 | 約2.27 |
| ビッカース硬さ(GPa) | 45〜50 | 70〜100 | 軟質(潤滑材用途) |
| 大気中の耐熱温度 | 約1300℃ | 約600〜700℃ | 約900℃ |
| 鉄との反応性 | きわめて低い | 高い(拡散摩耗) | 低い |
| バンドギャップ | 約6.4 eV | 約5.5 eV | 約6.0 eV |
高温高圧法による合成
工業的な合成には、hBNを触媒(溶媒)と一緒に約4〜6 GPa、1400〜1700℃の条件に保持する方法を用いる。触媒にはLi3NやMg3N2などアルカリ金属・アルカリ土類金属の窒化物が使われる。触媒を使わずに直接転換させるには7 GPa以上、2000℃を超える条件が必要で、装置の負荷が大きい。得られる砥粒は数十µmから1 mm未満の黄褐色〜黒色の結晶が中心で、色の違いは不純物や欠陥の量を反映している。
薄膜合成の試み
化学気相成長やスパッタリングによる薄膜化も1990年代から研究されてきた。ところが膜の内部応力が数GPaに達して剥離しやすく、厚さ1 µmを超える密着膜を安定して得るのは今も難しい。
PCBN工具の構成とグレード
切削工具では、cBN粒子を結合材とともに焼結した多結晶体(PCBN)を超硬合金の台金にろう付けし、チップの刃先として使う。ISO 513ではcBN系の工具材料を記号「B」で表し、低含有率のBL、高含有率のBH、コーテッドのBCに分ける。cBN含有率と結合材の組み合わせで用途が大きく変わり、メーカー各社はおおむね次の系統でグレードをそろえている。
- 低含有率(40〜65 vol%)+TiN・TiC系セラミックス結合材:焼入れ鋼(HRC45〜65)の連続切削向け
- 中含有率(65〜80 vol%):焼入れ鋼の軽断続切削や浸炭部品向け
- 高含有率(80〜95 vol%)+Co・Al系結合材:ねずみ鋳鉄の高速切削、焼結合金向け
- コーテッドPCBN:TiAlNなどの被膜で、すくい面のクレータ摩耗を抑える
加工現場での使いどころとコスト感
焼入れ鋼の旋削では、これまで研削仕上げしていた工程をcBN工具による「ハードターニング」に置き換える事例が多い。切削速度は100〜250 m/minが目安で、乾式加工が基本となる。切削油をかけると刃先が熱衝撃を受け、欠損の原因になるためである。刃先には0.1 mm×20〜25°程度のネガランドとホーニングを付けることが多く、標準品をそのまま使うより、ワークの硬さと断続の度合いに合わせて刃先処理を選ぶほうが寿命は安定しやすい。価格面では、1コーナーあたりが超硬チップの5〜10倍程度になることも珍しくない。そのため、段取り替えの削減や研削盤の台数削減まで含めた工程全体の原価で採否を判断するのが実務では一般的である。
反対に、生材の炭素鋼やアルミニウム合金を削る用途にはあまり向かない。軟らかい材料では硬さの利点が生きず、構成刃先や溶着で刃先が早く傷むからである。この領域では高速度工具鋼や超硬合金、非鉄金属なら焼結ダイヤモンドを選ぶほうが合理的といえる。
研削砥石としての利用
cBN砥粒を用いた研削砥石は「CBNホイール」と呼ばれ、JIS B 4131でダイヤモンドホイールとともに規定されている。ビトリファイドボンドの高速研削では周速60〜120 m/s級の運転も可能で、カムシャフトやクランクシャフト、ベアリング軌道輪の量産研削に使われる。一般砥粒(アルミナ系)と比べて砥石の摩耗が桁違いに少なく、寸法のばらつきを抑えやすい。ドレッシング間隔が延びることで、ライン停止の時間も短くなる。
機能材料としての研究
約6.4 eVという大きなバンドギャップをもち、p型・n型の両方に不純物添加できることから、立方晶窒化ホウ素は深紫外域の発光素子や高温動作素子の候補としてワイドバンドギャップ半導体の分野でも注目されてきた。理論上の熱伝導率は数百W/(m·K)に達し、同位体を制御した結晶ではさらに高い値も報告されている。ただし、mmサイズの高品質単結晶を得るにはやはり5 GPa級の高圧合成が必要で、大口径ウェハーの製造技術は確立していない。いまのところ実用の中心は、切削工具と砥石という機械加工の領域にとどまっている。
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