物理気相成長|真空中で薄膜を堆積させる成膜技術

物理気相成長

物理気相成長(Physical Vapor Deposition:PVD)は、固体の原料を加熱やイオン衝撃といった物理的な手段で気相に変え、基板の表面に堆積させて薄膜をつくる技術の総称である。化学反応を主に利用する化学気相成長(CVD)と並ぶ代表的な成膜法で、通常は10-2〜10-5 Pa程度の真空中で行う。膜厚は数nmから数十µmまで調整できる。そのため、半導体の配線、切削工具の硬質皮膜、レンズの反射防止膜、水栓金具の装飾皮膜など、身近な製品から先端デバイスまで幅広く使われている。

CVDとの比較で見る特徴

PVDの性格は、CVDと並べると理解しやすい。CVDは原料ガスを基板上で反応させるため、複雑な形状にも膜が回り込みやすい。その代わり、反応に必要な温度が800〜1,000℃前後に達する方式が多い。物理気相成長は原料の粒子を飛ばして付着させる「見通し線」型の成膜であり、穴の奥や裏側には膜がつきにくい。しかし、500℃以下の比較的低い温度で処理でき、基材を傷めにくい点が大きな利点となる。

比較項目 物理気相成長(PVD) 化学気相成長(CVD)
膜をつくる仕組み 蒸発・スパッタリングによる物理的な堆積 原料ガスの化学反応
処理温度の目安 常温〜500℃程度 熱CVDで800〜1,000℃程度
付き回り性 低い(見通し線方向に偏る) 高い
表面の平滑さ 比較的平滑(方式による) 結晶粒が粗くなりやすい
工具用途の代表膜 TiN、TiAlN、CrN、DLC TiC、Al2O3の多層膜

技術の歩み

スパッタリング現象は、1852年にイギリスのW.R.グローブが放電管の電極が削れて付着する様子として報告したのが始まりとされる。実用化が本格的に進むのは20世紀に入ってからで、真空ポンプの性能向上が転機になった。1964年にはD.M.マトックスが「イオンプレーティング」の名称で成膜法を発表し、1974年にはJ.S.チェーピンが平板型マグネトロンスパッタリングの特許を出願した。工具分野では1980年前後から窒化チタン(TiN)のコーティングが広まり、金色のドリルやエンドミルが市場に定着していった。

主な方式と原理

原料を気相に変える方法によって、PVDは大きく三つに分かれる。いずれも粒子が途中で気体分子にぶつからず基板まで届くことが前提であり、その目安となるのが平均自由行程である。気体分子の直径をd、圧力をp、温度をTとすると、平均自由行程λは次のように表される。

λ = kT / (√2 πd2p) (k:ボルツマン定数)

真空蒸着

真空蒸着は、抵抗加熱や電子ビームで原料を溶かして蒸発させる方式である。室温の空気では、圧力1 Paで平均自由行程が約6.6 mmにとどまるが、10-2 Paまで下げると約0.66 mに伸びる。蒸発源から基板までの距離は数十cmが一般的なので、このくらいの真空度が必要になる。装置が単純で成膜速度も速いが、合金や化合物は成分ごとに蒸気圧が違うため、組成がずれやすい。

スパッタリング

スパッタリングでは、Arガスのプラズマ中でイオンをターゲットに衝突させ、はじき出された原子を基板に積もらせる。絶縁物のターゲットには13.56 MHzの高周波電源を使う。窒素や酸素を混ぜればTiNやAlNなどの化合物膜もつくれる(反応性スパッタリング)。組成の再現性が高く大面積にも対応できるため、ディスプレイや半導体の量産ラインではこの方式が主流である。

イオンプレーティング

蒸発させた粒子をイオン化し、基板に負のバイアス電圧をかけて引き寄せる方式がイオンプレーティングである。粒子が勢いよく衝突するため、緻密で密着力の高い膜になる。中でもアーク放電を使うアークイオンプレーティングはイオン化率が高く、工具コーティングで多く使われる。

製造現場での選び方と注意点

受託コーティングの現場で最初に確認されるのは、基材がどこまでの温度に耐えるかという点である。高速度鋼(SKH51など)は焼戻し温度がおよそ550〜570℃なので、それより低い450〜500℃で処理しないと硬さが落ちてしまう。超硬合金ならこの心配は少なく、CVDも選択肢に入る。切削工具向けの膜厚は2〜5 µmが標準的で、厚くしすぎると刃先が丸くなり、切れ味が悪くなる。アーク方式では「ドロップレット」と呼ばれる数µmの粒が膜に混じるため、精密金型では成膜後にラッピングを追加するか、平滑なスパッタ膜を選ぶことが多い。費用面では、膜の材料費よりも治具への取り付けや前洗浄の手間が単価に響きやすい。小物を大量に一括で処理すると、1本あたりのコストを大きく下げられる。

代表的な用途

膜の種類と方式の組み合わせ次第で、使い道は多岐にわたる。主なものを挙げる。

  • 半導体:配線のCuシード層、TaN・TiNのバリア膜(スパッタリング)
  • 機械加工:エンドミルやドリルへのTiAlN、CrN、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)皮膜
  • 光学部品:レンズやフィルターのMgF2膜、多層干渉膜(真空蒸着)
  • 表示・エネルギー:液晶パネルや太陽電池のITO透明導電膜
  • 装飾:時計ケースや水栓金具のTiN・ZrN皮膜(湿式めっきの代替)

膜質を決める条件

同じ材料でも、成膜条件によって膜の組織は大きく変わる。よく知られているのが、1974年にJ.A.ソーントンが示した構造ゾーンモデルである。基板温度Tと膜材料の融点Tmの比(T/Tm)が0.3を下回ると、原子が表面をほとんど動けず、すき間の多い柱状組織になる。比が0.5を超えると原子が拡散しやすくなり、緻密な結晶粒が育つ。スパッタリングではガス圧の影響も大きい。圧力が高いと粒子の勢いが弱まり、膜が粗くなる傾向がある。

密着性の評価

実際の製品で問題になりやすいのは、膜の硬さよりも密着性である。評価にはダイヤモンド圧子で荷重をかけながら表面をひっかくスクラッチ試験が広く用いられ、ISO 20502やJIS R 3255などに試験方法が定められている。はく離が起きる臨界荷重を測れば、前処理のイオンボンバードメントや中間層の効果を数値で比べられる。

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