無知の知|ソクラテス

無知の知|ソクラテス

無知の知とは、自分が無知であることを自覚するという意味で、ソクラテスの思索の出発点となるものとなった。デルフォイ神殿の「汝自身を知れ」という石版に大きな影響を受けているとか考えられる。「ソクラテスより知恵のある者はいない」という神託を友人から聞いたソクラテスは、安易にそれを信じなかった。そして多くの賢者だと見なされている人(政治家、軍人、職人、ソフィスト)のところを訪れたが、彼らが「何も知らないのに何かを知っているかのように思いこんでいる」ことに気づき、みずからの無知について十分に自覚している自分の方が知恵のあることを悟った。そして、自分の生き方の根本について無知であることを自覚し、それを出発点に魂がそなえるべき徳とは何かなど、真の知恵を探究するべきだと説いた。完全な知恵を持っているのは神のみであり、知恵と無知の中間にいる人間の中に知者がいるとしたら、それは自己の無知を自覚している者であり、人間はつねに真の知恵を探究しつづける者なのである。

目次

ソクラテス論法における無知の知

無知の知は、ソクラテスの真摯な思索の結果であるが、一方で、ソフィストとの論争における技術的な論法の側面もある。自分は無知であり、なにも知らないというところから始まるので、知らないことによって議論に負けることはない。そして、知っているという相手にそれについてのなにかを語らせ、それについて質問攻めにする。やがて相手が矛盾するようなことを言った時にそれを指摘して討論に勝利する。

「汝自身を知れ」

もともとデルフォイの神殿に刻まれてれていた言葉。言葉どおり読むと 「汝自身を知れ」と読めるが、ソクラテスはその意味を哲学的に探求した。その結果、自分が無知であることを自覚し,自身 を省みて、真の知を追い求めるという解釈にたどり着く。彼は、この考え方から、人々が集まる広場に出向き、問答をくリ返すことで真の知を得ようとした。親愛なる友人やプラトンアリストテレスといった多くの弟子をもったが、その問答の結果、多くの政敵も作り出した。

エイロネイア(皮肉)

無知の知によって相手に気づかせることをエイロネイア(皮肉)またはソクラテス的アイロニーなどと呼ばれる。ちなみにエイロネイア(皮肉)はアイロニー(irony) (皮肉)の語源となった言葉で、「知らないふり」を意味している。ソクラテスは、無知であることを振る舞いながら、対話相手の矛盾点を明らかにし、相手に自身の無知を自覚させた。