源信|天台宗,『往生要集』,厭離穢土欣求浄土

源信

源信は天台宗の僧侶。大和国(奈良県)。主著は『往生要集』。当麻郷に中流貴族の子として生まれる。9歳の時、比叡山に人る。44歲の時に『往生要州』を著し、極楽浄土に関する諸説をまとめた。晩年は比叡山横川に隠栖(いんせい)し修行と著述に励み、恵心僧都、横川僧都と呼ばれた。
主著である『往生要集』によって日本の浄土教を確立した。源信は阿弥陀如来の西方極楽浄土への往生が末法の世をむかえる人々の救いであると説き、「厭離穢土(おんりえど)、欣求浄土(ごんぐじようど)」(この世をけがれた世として厭い、極楽浄土に往生することを願うこと)と唱え、そのための行として観想念仏を説いた。

目次

源信が活躍した背景と末法思想

源信が活躍した当時、末法思想が信じられていた。末法思想とは、釈迦の入滅後、仏の教えの現れ方応じて時代を区分する考え方で、正法、像法、末法と展開される。中国で伝えられていた釈迦入滅後2000年目に当たる1052年が末法の始まりであるとして、浄土教が盛んに信仰されるようになった。

厭離穢土欣求浄土(おんりえどぐんぐじょうど)

厭離穢土欣求浄土(おんりえどぐんぐじょうど)とは、この世の汚れを厭い、極楽浄土への往生を願うこと。『往生要集』において、地獄や極楽浄土のことが細かく写されておリ、浄土信仰を広める上で重要な役割を果たした。

念仏

念仏とは、もともとは広く仏を念ずること。心を集中して仏の姿を思い描く観想念仏と、仏の名を唱える称名念仏があるが、源信の時代は観想念仏が主流であった。

『往生要集』(985年)

源信によって浄土に往生するための教えをまとめたもの。多くの経典からその要となる文章を集められている。極楽・地獄の描写は有名で、絵巻ともなり、民衆に極楽浄土への往生の願望をかきたてた。

『往生要集』

問い、善い行ないは、すべてそれぞれに利益があって、それぞれ浄土に生れることを可能にするのに、なぜただ念仏だけを勧めるのか。
答え。・・・最後の臨終のときになって浄土に生れたいと願い求めても
その便宜がえられる(ものと言えば)、念仏に及ぶものはないからである。