幕末の四賢侯

幕末の四賢侯

福井の松平春嶽(まつだいらしゅんがく)、宇和島の伊達宗城(だてむねなり)、薩摩の島津斉彬(島津斉彬)、土佐の山内容堂(やまうちようどう)をいう。

目次

松平春嶽(よしなが)

福井藩士。異国との不平等条約を批判したが、安政の大獄で失脚したが、井伊直弼の暗殺(桜田門外の変)で復帰した。幕政に参加し、公武合体を推進し、慶喜とともに京都の治安の安定化につとめた。王政復古の大号令のあと、討幕には参加しなかった。

山内容堂

山内容堂は、吉田東洋を起用し、幕政改革を行う。公武合体運動を行うが、安政の大獄で隠居を余儀なくすると、公武合体派が下火になる。

伊達宗城

十一代宇和島藩主として殖産興業と富国強兵策を藩内で実施した。洋式兵学を導入して、大砲鋳造や蒸気船建造を行う。高野長英、大村益次郎ら蘭学者を自藩に招聘した。

島津斉彬

11代薩摩藩主。大規模な藩政改革を実行し、集成館を起こし、反射炉、ガラス向上、洋式紡績所などを設置した。西洋式軍艦や昇平丸を幕府に献上した。将軍継嗣問題では一橋派に属し、井伊直弼と対立した。