実存主義|サルトル,ニーチェ,キルケゴール他

実存主義 existentialism

実存主義は、19世紀の合理主義や実証主義に対して、そのような客観的な抽象的思考では把握できない個としての人間の立場を強調し、孤独・不安・絶望・苦悩の中に生きる、個別的・具体的な「この私」の存在を探求する思想的な立場である。実存主義は、抽象的な一般的普遍性には解消しえない個別者としての人間をとらえ、自己のあり方をみずから選択し、決断する自由な主体性としての実存の確立をめざす。サルトルを始め、キルケゴールヤスパースニーチェなどに代表される。

サルトル

目次

現代人の不安と恐怖

実存主義の背景には19世紀ヨーロッパに蔓延したニヒリズム、不安定な資本主義の将来に対する不安の状態に陥った。孤独である、近代的個人の前に現出する不安や戦争に対する恐怖の中で、個人のあり方・生き方を見つめる実存主義が生まれた。資本主義や工業化社会の発展により生み出された大衆消費社会の中で、近代的個人は自己のあり方・生き方を問うこともなく、水平化・平均化され、個人は大衆・群衆の中に埋もれてしまう。こうした近代から現代へ向かう時代の転換期において、実存主義は本来の自己を見つけようとする動きである。

画一化・平均化・水平化

現代人では、大衆の中に埋没し、新聞や雑誌などのマスコミの情報に流され、思考や行動が画一化、平均化、平均化し、主体性が失われている。多くの実存主義者の中では、現代人は無気力と情性のなかで生きているとし、倦怠と気晴らしにさまよっていると批判した。

倫理や道徳の超越

実存主義では、不安・絶望・苦悩などを通じて、孤独な本来的自己に直面する体験を重視する。その結果、既成の道徳や宗教の意味づけを超えていく実存主義を説く哲学者も多く、主体的な決断と自由な行動を通じて、本来的な自己を求める。

有神論的実存主義

有神論的実存主義は、人間が神・超越者という絶対的存在へと関わる主体的決断を説くことをいう。キルケゴールは絶望のなかで神の前の信仰を説いた。その他、ヤスパースがいる。

無神論的実存主義

無神論的実存主義は、神への信仰を否定し、あくまで人間の立場に踏みとどまって主体的な実存の確立をめざす。前期のハイデガーサルトル、ボーヴォワール、メルロ=ポンティらが代表される。の二つの潮流に分けられる。なお、後期のハイデガーは、存在の真理を見守る「存在の牧人」としての人間のあり方を説き、存在の思惟に専念した。

ニーチェ
ニーチェ

実存主義の文学者

文学では、カフカ、カミュ、ドストエフスキーが実存主義的をモチーフに文学作品を書いており、実存主義文学と呼ばれる。

キルケゴール

キルケゴールは、敬虔なキリスト教徒の父を持ち、本人も神学を学んでいたが、尊敬する父の告白によって自分が母の子ではなく、他の女性の子どもであることを知る。彼自身が大地震と称した衝撃を受けたキルケゴールは放蕩生活で生きることになるが、その中で絶望を知り、神の前に単独者として立つことで絶望を克服した。

私にとって真理であるような真理、私がそれのために生き、そして死にたいと思うようなイデー(理念)を発見することが必要なのだ。いわゆる客観的真理などを探し出してみたところで、それが私の何の役に立つだろう。(キルケゴールの日記より)

ヤスパース

ヤスパースはユダヤ人の妻をもったが、ナチスに離婚を迫られ、それを断り、教職を去った。戦後復職する。ヤスパースは人は限界状況にあうとき、人間の有限性や挫折、絶望を感じ、そのとき、自己と世界を支える包括者と出会い、真の実存に出会うとした。

サルトル

サルトルは、フランスの実存主義者であり、『実存主義とは何か』で実存について語られている。人間は自ら状況に自己を投げ込み、自ら選択していく。そこに人間の自由が認められる。自由であるからこそ、孤独や不安を伴うが、自己責任の下でそれらを乗り越え、主体的に生きなければならない。

ニーチェ

キリスト教が衰退した、〝神は死んだ〟近代においては価値が喪失されてしまい、ニヒリズムに陥った。永遠に繰り返される無意味な生において、ひとはそれでもその運命を愛し生きなければならない。ニーチェは、神の代わりとして超人思想を説き、実存主義に大きな影響を与えた。


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