原人|火をつかい始めた人類,北京原人,ジャワ原人

原人 (ホモ=エレクトゥス Homoerectus)

原人は、猿人につぐ化石人類である。もっとも古くは、約180万年前の更新世初期に出現したと推定されている。脳容積は猿人の倍で、1000cc以上のものがある。原人たちは野生動物や植物を採取して食料を得て、集団をなして生活していた。握斧などの原始的な石器や火を使い、簡単な言葉を話したとされる。ジャワ原人・北京原人などに代表されるが、どちらも生存競争にかてず絶滅してしまう。遺伝子には残っているものの、基本的には現在のホモサピエンスとは系統が異なる。

目次

原人の生活

原人たちは野生動物や植物を採取して食料を得、集団生活を行っていた。火も使われており、すでに原始的な石器をも用いていた。原人は、木や樹皮・獣皮の加工をおこない、男女による労働の分担がなされていたとも推測される。ただし、発掘された場所や時代で事情は異なる。

石器

原人は石器を使っている。現代人が確認している最古の石器は、エチオピアのハダール出土のもので、250万年前と推定される。タンザニアのオルドヴァイ峡谷でもホモ=ハビリスが用いていた礫器(れっき)や剥片(はくへん)石器などがみつかっている。シンプルなものであったが、150万年前ころから石器に進歩がみられ、刃がまっすぐになるような加工がなされるようになっていた。これらをアシューレアン石器と呼び、握斧(あくふ)(ハンド=アックス)・クリーヴァー(切り裂くのに用いた)などがある。

ジャワ原人(直立猿人)

ジャワ原人(Pithecanthropus erectus)とは、インドネシアのジャワ島のトリニールで発見された原人である。1891-94年にオランダ人デュボワが、頭蓋骨の一部、臼歯2個、左大腿骨を発掘した。脳容積は現代人の約3分の2の約900ccと推定される。直立歩行が確認された。そのほか東アジアではタイ・ベトナム・朝鮮で原人の骨がみつかっている。しかし、ジャワ原人は生存競争にかてず絶滅してしまった。

周口店

北京の西南約54km。ここの石灰洞から、北京原人をはじめ、人類や動物の化石が大量に出土した。

北京原人

北京原人は、北京郊外の周口店から発見された原人である。1927-37年の大発掘でほぼ完全な頭蓋骨が発見された。脳容積は約850~1220cc。洞窟に居住して、打製石器を使い、火を調理と暖房に用いていた。石器と竹や籐(とう)を編んだ道具も使用した。言語を用いたことも確実で、死者の脳を食べた形跡もあるところから、彼らはなんらかの儀礼をおこなっていたと推測される。北京原人の骨は1923年以来30体分発見されたが、戦争などの混乱で失われ、現在は模型しか残っていない。

藍田人

中国の陝西省南部、秦嶺山脈の藍田遺跡からの藍田人の頭部と顎の骨が発見された。

ヨーロッパ

100万年前以降、原人はアフリカからヨーロッパへも移動した。南フランスのアラゴ洞穴やドイツのハイデルベルクやハンガリーで、原人のものらしい人骨が発見されているからである。彼らは石器を発達させ、40万年前ころからは作業の目的に応じて専用の石器をつくるようになった。

ハイデルベルク人

1907年南ドイツのハイデルベルク東南の石切場で下顎骨が発見された原人である。近年、原人ではなく、旧人あるいは新人の祖先とする説もある。

フリーレス原人

フリーレス原人は、1万年前、日本では縄文時代まで生きていた原人である。身長は1メートルぐらい。ジャワ原人の子孫でホモサピエンスとは違う人類である。石器を使って狩りをしていた。小さな島にいるため、島しょう効果により、身体は小さくなっていった。


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