ゴットフリート・ライプニッツ|世界とは、生きた個体的存在の、生きた連関である

ゴットフリート・ライプニッツ Gottfried Wilhelm Leibniz 1646年~1716年

ライプニッツはドイツの哲学者、数学者、物理学者。外交官としても活躍した。主著は『形而上学序説』(1686年)、『人間知性新論』(1704年)、『弁神論』(1710年)、『モナドロジー』(1714年)。『弁神論』だけはかれの生前に出版された。哲学では、モナド、数学ではニュートンと並び微積分法を確立した。非物質的で精神的な実体としてモナドを考えた。モナドは分割不可能な実体だが、原子(アトム)とは違い空間的な広がりをもたず、非物質・精神的な本性を有し、形而上学的点で、事象と欲求からなる。モナドはそれぞれ独立した実体であるが、世界が調和体系であるのはそれがあらかじめ神によって定められているからである。(予定調和)

ライプニッツ

ライプニッツ

生涯

ライプニッツは、ドイツのライプツィヒで生まれた。父はライプツィヒ大学の哲学の教授であり幼少期から父の手ほどきを受けた。14歳のときにライプツィヒ大学に入学して二年後に卒業し、法学博士の学位を得るために研究を続け、1666年にアルトドルフ大学で与えられる。アルトドルフ大学での教職を断り、錬金術に関わるニュルンベルク教会で秘書として働いた。ライプニッツは生涯、錬金術に関心を持ち続けた。その後、彼はマインツの大司教に仕え、フランス・パリに派遣されることになる。哲学者マルブランシュ、神学者アルノー、物理学者ホイヘンスと出会い、ここで数学に精通し、パスカルが作ったより優れた計算機も発明した。1673年、ロンドンを訪れ、そこで王立科学協会の会員に選ばれる。同年、マインツの大司教の死去をきっかけに職を失う。ハノーヴァーのブルンスヴィック公の下で図書館秘書の職に就き、ブルンスヴィック家の歴史をまとめ上げる。この間アムステルダムでスピノザと出会い、4日間に渡る議論を行った。微積文法の発見者についてのニュートンとの論争や論理学が評価されなかったなど、学者としては不運であった。とくに論理学は20世紀の初頭までハノーヴァーの王立図書館で眠っていた。

略年

1646年 生まれる
1676年 ハノーヴァー候に仕える
1686年 『形而上学序説』
1700年 ベルリン・アカデミーの初代院長になる
1704年 『人間悟性新論』(ロックが死んで出版を取りやめる)
1714年 『モナドロジー』
1716年 死去

モナド論

デカルトは実在が根本的にふたつの実体からなるとし、スピノザは1つの実体しか存在しないと語った。一方で、ライプニッツは六重源に多くの実体(モナド)があると考えた。モナドは、自発自展する力であり、ギリシア語「モナス」からとった造語で「一」という意味である。モナドは存在のもっとも単純な単位であり、延長も部分も持たない、それぞれ異なった単純な実体である。

モナド論2

  1. モナドは単一であり、存在の最小単位であり形而上学的点である。
  2. モナドには部分がなく、広がりも形もない。分割できない。不滅であり、自然に発生せず、神の創造によって一挙に生じ、滅びる。
  3. モナドは他のものに作用することはないし、他のものから作用することはないし、他のものから作用を受けることもない。「モナドに窓はない」
  4. モナドの活動はそれ自身にもともと備わっているものの展開である。
  5. モナドは内的性質により他のモナドから区別される。

モナド論3

この世界はすべて生けるモナドに依って充たされている。世界とは、生きた個体的存在の生きた連関なのである。そしてモナドは各自、自立自存であるが、自身で変化することができ、単なる静止ではない。また、モナドは、全宇宙を自己に写し、自己に包含している。だから、モナドによって全宇宙を知ることができる。モナドはそれぞれの中で宇宙全体を表象している。モナドは宇宙全体の「生きた鏡」であるといる。

アトム

  • 性質的に異なったものではなく、むしろ相互に区別できな
  • 不可分割なものであるが、一定の重さをもっている。
  • 物理学的存在

モナド

  • それぞれの世界を持ち、一つとして同一のモナドはない
  • 不可分割的な「点」である―形而上学的点
  • 精神的存在

モナドの種類

物質・・・眠っているモナド。裸のモナド
動物・・・夢見ているモナド。心(霊魂)。意識、記憶がある。
人間・・・目覚めているモナド。精神。理性的、反省的。
より低次のモナドはより高次のモナドの周りに集まる。

最善観(オプティミズム)

モナドは他のモナドと直接交渉することなく自らの本質に従って活動しながら他のモナドとの完全な調和を保っている。この完全な宇宙の大調和は神による予定調和だとした。したがってこの宇宙には少しも狂いがなく、この世は、最善最良なるものである。すべてのものには、それに先行する存在理由(理由律)があり、この先行する理由の系列は無限に続き、最終的な理由がこの系列の外になければならない。この最終的な理由は神である。神は普遍的・必然的実体であり最大のモナドである。したがって、現世界は最良なるがゆえに、現在に存在しているのであって、漠然と機械的に出来上がったのではない。「より完全に」という目的の下に出来上がっている。

不善について

個々のモナドは全体的調和の中にあり、最善で満たされているが、(1)形而上学的不善(この世にあるものはすべて有限であり、たとえば生きているものはかならず死ぬ。)(2)物理的不善(3)道徳的不善など、多くの不善があることを否定できない。それについてライプニッツは、こう説明している。神の観念のうちには無数の可能な世界がある。神は充足理由の原理に基づき、この中から最もすぐれた世界を選択し、創造した。我々が悪と呼ぶものは部分にのみ存在する。つまり、現在の悪はよりいっそうな大きな悪を避けるために、またはそれを償って余りある大いなる善を獲得するために存在する。世の中は、多少の不善を包括しながらも全体とすれば、最も善であるとし、「一切のものは可能な最善の世界における最善のもののために存在する。」と述べた。

微積分法に関するライプニッツ・ニュートン論争

ライプニッツが微積分法を発見したが、ちょうど同じころ、ニュートンやその他の数学者も同じようにこの計算方法を発見し、考案者や発見者がわからない状況があった。ニュートンは友人たちからの精力的に弁護した。ライプニッツは擁護者がほとんどおらず、自分で自分を弁護せざるをえなかった。匿名の文書を送ったが、誰が送ったのかはすぐに判明した。

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