アンリ・ベルクソン|時間論,生命の躍動

アンリ=ルイ・ベルクソン Henri-Louis Bergson

ベルクソン(1859年10月18日 – 1941年1月4日)は、フランスの哲学者。時間という概念を中心に置き、科学的な時間と純粋時間を区別した。前者が時計であるような測定できる時間であるのに対し、後者は我々が直接的に経験する、意識の中の持続する時間である。またベルクソンの哲学は、生命観をその特色とし、生を持続と変化の相のもとにとらえ、生物進化の本質を、機械的生命観でも目的論的自然観でもない、自己を自ら創造する力によって説明する、生命の躍動(エラン・ヴィタール)を想定し、スペンサーダーウィン進化論を批判的に扱い、ベルクソン哲学に基づいた独自の進化論を提示した。

アンリ・ベルクソン

アンリ・ベルクソン

ベルクソンの生涯

1859年、イギリス人の母と、ポーランド人の父の下、フランスのパリで生まれた。コンドルセ高等中学校に通い、西洋古典学から自然科学まで様々な学問を学び、優秀な成績を治め、19歳で高等師範学校へ入学した。1881年に教授資格国家試験に合格した。アンジェー高等中学校とクレルモン・フェラン大学で哲学を教えたが、やがてパリに戻り、いくつかの高等中学校で教えた後、高等師範学校に着任した。
1900年にはコレージュ・ド・フランスの教授職に任命される。1900年『笑い』、1907年『創造的進化』を出版し名声を得た。1914年、ローマ・カトリック協会によってベルクソンの反主知主義が反感をかい、ローマの聖務聖省に禁書目録に加えられた。1921年、健康上の理由でコレージュ・ド・フランスの教授を辞任し、1927年ノーベル文学賞を受賞する。第二次世界大戦の中で、占領下のパリで暮らしていたベルクソンはユダヤ人として登録を求められた。冬の寒い中での行列の中で、肺炎を患い、1941年1月4日に死去した。

ベルクソンの略年

1859年 フランスのパリに生まれる。
1878年 高等師範学校に入学する。
1881年 教授資格国家試験に合格。
1889年 『時間と自由』発表
1900年 『笑い』発表
1907年 『創造的進化』発表
1911年 バーミンガム大学、オックスフォード大学で講義を行う。
1914年 アカデミー・フランセーズ会員に選出。
1914年 ローマの聖務聖省に禁書目録に加えられた。
1919年 論文集『精神のエネルギー』
1921年 コレージュ・ド・フランスの教授を辞任。
1922年 『持続と同時性』
1927年 ノーベル文学賞
1941年 パリにて死去

時間と空間

ベルクソンは、時間と空間の二元論を提示した。我々の意識の本質は不断の流れであり、純粋な時間性である。ベルクソンにとっての時間の定義は次のようなものである。

  1. 本来の時間は、過去・現在・未来という時間の三契機は、それぞれ独立したものではなく、我々の意識が常にそうである現在は、過去と未来を自らのうちに巻き込む重層的な時間である。
  2. 過去・現在・未来の融合体としての持続する時間は、意識の質的変容の遂行として持続する。意識の持続としての時間は、一瞬前の過去を巻き込むことによって、重層化していくわけであるが、しかし、過去と現在の量的拡大をもたらすのではなく、意識の質的変容、つまり、まったく新しい意識の自己創造という側面を持つ。われわれの意識の基底部においては同じ状態はありえない。
  3. 過去を巻き込み、未来へと侵入しつつ自己を新たなものへと不断に創造する意識の持続としての時間は、予想不可能という性格を有する。常に新たなものを創造するからである。

〝日常的な〟時間は時間性の対概念であり、空間性として特徴づけられる。空間性とは、相互外在的並置性、断続性、等質性、計測性、不可侵入性である。生活していくことは、外的世界に意識を向け、自己を外在化することである。外的世界とは、空間的世界であり、物質の世界である。物質は、ベルクソンのいうように空間的世界をすべて兼ね備えているのである。

言語による時間の空間化

言語は、空間的存在である物質を規範として形成された。したがって、言葉は物質の有する相互外在的並置性、固定性の性質、不可侵入性、固定性の性質を有している。また一般的概念しか意味しえないがゆえに、表現された意味内容は、常に既存の一般的概念へと帰還する。このような相互外在性を特徴とする物質的・空間的世界のうちに浸っているので、自己の内的世界にも空間性を導入し、純粋な時間性を相互外在的な並置可能な空間的諸要素へと変形する。

アンリ・ベルクソン

アンリ・ベルクソン

生の飛躍(エラン・ヴィタール)

ベルクソンはダーウィンスペンサーなどの進化論のパラダイムを批判することによってエランヴィタール(生命の飛躍)を機転とした独自の進化論を展開する。ダーウィニズムにおける適者生存の理論パラダイムは生命的存在の条件を外的要因のみに求める考え方である。これでは人類のような高等生物ができたことを説明できない。生命自体のうちにより高等な生命体へと発展していこうとする衝動、自らを全面的に顕現しようとする衝動があるはずである。

生命と物質の妥協による進化

生命が自らを顕言するためには物質を媒介しなければならない。そこで生命は、最初の物質性を生命顕言のための媒質へと変形させる。このような物質は進化にとって不可欠であるが、物質は生命と対立傾向にあり、障害でもあった。このように生命は物質と妥協しながら進化を続けていく。だから一挙に進化することができなかったといえる。

進化の多様性

生命進化の多系列への分岐は、生命の有する多様な傾向性が、ひとつの有機の中で共存しえないという理由による。生命の有する全体的傾向性は、進化の頂点において共存しているわけではなく、進化運動の出発点である生命体の原初的形態の中においてである。

根源的衝動

根源的衝動
-動物的衝動(節足動物・脊椎動物)
-植物的系列(固定性ゆえに昏睡状態)

進化の度合い

ベルクソンは、進化の度合いを社会性の度合いによるものだとした。

動物
-本能   ex 昆虫  単一行動
-知能   ex 人間  多数行動

意識について

意識は外的刺激とそれに対応する行動とのズレを意味する。本来の意識での自覚化は、生命体がある状態にさいし、自らの行動の選択しうる場合のみで、行動の選択をするということは、外的刺激とそれに対応する行動のズレを生ずることを意味し、そこに意識が生存する。

純粋持続としての時間性と創造的進化

純粋なる持続としての時間性は、創造的であるが、まさに意識の持続が生命の創造的進化に他ならない。人間知性は、知性的行動形態においては、もっとも進化が発達した生命体ではある。しかし、知性は生命の有する多様な傾向性の一部でしかなく、それは動的なものについての認識よりも静的なものについての認識に適している。あるいは、創造的なものの認識よりも反復的なものの認識に適している。生命を認識する能力としては、知性よりも本能の方を重視する。

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