ヘレニズム文化|ギリシア文化とオリエント文化の融合

ヘレニズム文化

ヘレニズム文化は、ヘレニズム時代に華やいだ文化であり、東方の古代ギリシアオリエントの伝統文化が融合して培われた。アレクサンドロス大王の東西融和政策によって、東方に多くのギリシア人が移住した。彼らは、ギリシア語や芸術、都市的な生活文化を広めたが、オリエント伝統文化が融合して新しいヘレニズム文化が生まれた。その後、都市国家ポリスの衰退によって建築や美術には君主や富者の保護による文化になる。美術は華麗で繊細なものになったが、技巧にはしる傾向があった。

ヘレニズム時代
ヘレニズム時代

目次

西ヨーロッパへの影響

ヘレニズム文化は、西方のヨーロッパへは、ローマ人およびアラビア人を通じてひろがった。ローマ人はヘレニズム文化の影響下にラテン文化を形成し、西ヨーロッパに普及させた。アラビア人は東ローマからヘレニズム文化を学び、イスラーム帝国の成立によって、再びそれを西ヨーロッパに伝え、ルネサンス運動など近代ヨーロッパ文化の形成に大きく寄与した。

東アジアへの影響

東方へは、美術の影響が大きく、バクトリアをへてインド西北部に波及し、アショーカ王の仏教美術や独自のガンダーラ仏教美術を生み出した。さらに東方、中国・朝鮮、日本にも影響を与えた。

キリスト教

キリスト教が世界宗教にまで発展したのは、ヘレニズム文化とうまく融合したからでもある。とくに選民思想や民族・人種の壁を否定するコスモポリタニズムの思想はキリスト教の精神的基盤となっていた。

哲学・思想

哲学・思想でもポリス的なギリシア人の民族意識が希薄になり、個人主義的な傾向と、民族・国家の枠を意識しない世界市民主義的(コスモポリタン)な風潮が特徴であった。政治から逃避し個人の心の平安とそれをえるための克己禁欲を説くゼノン(前5世紀)のストア派や、精神的な快楽を追求するエピクロス派がさかんになった。

宗教

宗教では君主礼拝が求められる一方で、個人の救いを密儀によって達成できるとするイシス・アッティスなどの神々の礼拝がおこなわれた。

ムセイオン

ムセイオンとは、学芸の女神「ムーサ」たちを祭る場所の意である。中心となったのはプトレマイオス王家がつくったアレクサンドリアの研究所(ムセイオン)であり、学者が集められ、ギリシアの文献などの研究がなされた。

自然学

ヘレニズム文化での自然学は、君主や富豪の庇護の下、大きな成果をあげた。

  • キュレネのエラトステネス(275頃~前194):地球の周りの長さをほぼ正確に測定
  • サモスのアリスタルコス(前310頃~前230頃):太陽中心説
  • シラクサのアルキメデス(前287頃~前212):てこの原理、浮体原理など、様々な物理・数学の原理の発見
  • アレクサンドリアのエウクレイデス(ユークリッド、前300頃):平面幾何学
  • マッサリアのピュテアス:大西洋の航海を成し遂げ、北海にまで達した。
  • 医学:解剖学を中心に発達。
  • アルキメデス:てこの原理を発見

芸術

ヘレニズム文化の像
ヘレニズム文化の像

ヘレニズム文化は芸術でも高い評価が得られるが、ロードスでつくられた「ラオコーン像」や「ミロのヴィーナス像」、ペルガモン出土の「瀕死のガリア人」などがその筆頭である。


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