ブロックゲージ
ブロックゲージは、長さの国家標準へトレーサブルに校正された高精度の基準長さ片であり、寸法測定機器の基準合わせや検査、ゲージの製作・校正に用いる基礎的測定工具である。工場などで使われている測定器の基準として使用され、各種測定器やゲージ類の精度検査に、また部品の加工や工具・刃物の取付などの寸法の標準として広範囲に用いられる。鏡面まで研磨された2つの端面を密着させて「ワリング(wringing)」により吸着させ、複数枚を組み合わせて所望の基準長さを作ることができる。基準温度は20°Cで規定され、長さは端面の幾何公差(平面度・平行度)や表面性状(Ra)と一体で保証される。材質は合金工具鋼、超硬合金、セラミックスが主流で、耐摩耗性や熱膨張係数、耐食性の観点で選定する。国際規格はISO 3650が代表的で、用途に応じてK、0、1、2などの等級区分が存在する。現場ではマイクロメータやノギス、ダイヤルゲージ、テストインジケータなどのゼロ合わせ・校正用基準として不可欠である。
原理と幾何特性
ブロックゲージの長さは、20°Cでの端面間距離として定義される。端面はナノメートル級の平面度まで仕上げられ、極薄の油膜を介して分子間力と空気排除による密着(ワリング)を実現する。幾何特性は長さ偏差、平面度、平行度、側面の直角度などで管理され、組み合わせ長さの不確かさは個々の不確かさの二乗和平方根(RSS)で評価するのが一般的である。
- 長さ偏差:等級ごとにサブμm~数μmの範囲で規定される
- 平面度・平行度:ワリング性と測定不確かさに直結する主要因である
- 表面粗さ:Raは超鏡面領域で管理され、油膜保持と吸着安定性を両立する
- 熱特性:材質の熱膨張係数と温度ドリフトが合成長さに影響する
材質の種類と選定指針
ブロックゲージの主材質は鋼、超硬、セラミックスである。鋼は価格とワリング性のバランスがよく、熱膨張係数はおおむね11~12×10^-6/Kで一般的な鋼製測定具と親和性が高い。超硬は高硬度・耐摩耗性に優れ、寿命と安定性を重視する検査現場で選ばれる。セラミックスは耐食性・耐磁性に優れ、湿気や磁化の影響が出やすい環境に有利である。選定時は使用環境の温度管理、測定頻度、組み合わせ長さのレンジ、ワリングのしやすさを総合評価する。
等級区分と許容差の考え方
ブロックゲージの等級は、校正室向けのK(校正用)、高精度検査向けの0、一般検査の1、現場用の2が広く用いられる。等級が厳しくなるほど長さ偏差と幾何公差が小さく管理され、温度・姿勢・清浄度に対する要求も高まる。組み合わせ使用では、個々のブロックの許容差と温度による伸縮、ワリング状態のばらつきが合成されるため、不確かさを見積もって必要等級を逆算するのが合理的である。
階級
K級(超精密測定用):標準ブロックゲージの確認や精密学術研究用
O級(精密測定用):検査用・工作用のブロックゲージの点検・測定器の精度検査用
1級(一般測定用):ゲージの精度点検・機械部品などの点検用
2級(工作用):測定器類の精度調整・工具・刃具の取付用
セット構成と寸法レンジ
ブロックゲージのセットは、現場用途から検査室まで段階的に用意される。代表例として、103個組・87個組・46個組などがあり、0.5~100 mm程度のレンジを0.01 mm刻みや0.5 mm刻みでカバーする。実務的には、微小調整用の0.5~1.0 mm域、整数寸法のベース、10 mm以上のベースブロックのバランスが重要である。ミリサイズに加えてインチ系列のセットも存在し、輸出入機器や図面単位に合わせて選ぶ。
- 例:1.00–1.09(0.01刻み、10枚)+1.10–1.90(0.10刻み、9枚)
- 例:2–9 mm(1 mm刻み、8枚)、10–100 mm(10 mm刻み、10枚)
- 付属品:ホルダ、アンビル、サドルなどの冶具で高さ基準や段差基準を構成
ワリング(wringing)の手順とコツ
ブロックゲージの性能を引き出すには、端面清浄・微量油膜・適正な摺り合わせが鍵である。作業前に端面と手指を無水アルコール等で脱脂し、ダストを除去する。油膜は極薄に保ち、端面を十字にずらしてから回し込むと気泡が抜けて密着が安定する。外す際は横方向へずらし、端面の打痕を避ける。
- 清掃:不織布+溶剤で端面と側面を清掃
- 油膜:専用油を微量塗布(塗りすぎはワリング不良の原因)
- 摺り合わせ:十字→回し込み→軽く押圧して密着確認
- 分離:横ずらしで負荷を分散し、欠けや打痕を防止
校正・トレーサビリティと不確かさ
ブロックゲージは定期校正が必須である。一次標準は干渉計などで国家標準へ結ばれ、校正証明書には校正方法、環境条件(20°C)、不確かさU(k=2等)が明記される。セット内の頻用ブロックは摩耗が早いため、単品校正周期を短縮する。現場基準→検査室基準→一次標準という階層で管理すると、デジタルノギスやデプスゲージの日常点検から外部校正までの線形性が担保される。
取扱い・保管と劣化要因
ブロックゲージは温湿度管理と防錆が重要である。使用後は防錆油で拭き上げ、デシケータや恒温室に保管する。鋼は錆、超硬は欠け、セラミックスは粒界欠陥や落下衝撃に注意する。端面の微小打痕、皮脂・粉塵付着、油膜のムラはワリング不良と長さ偏差の主因である。搬送は専用ケースを用い、直射日光と磁場の影響を避ける。
現場応用と関連測定器
ブロックゲージは、寸法測定機器のゼロ設定・スパン確認・直進度や段差基準の構成に活用する。例えば、マイクロメータのゼロ点調整、ノギスの内外寸校正、ダイヤルゲージやテストインジケータの目盛確認、シクネスゲージとの併用による挟み寸法の基準化、穴系の基準ではピンゲージによる通止判定の裏付けなどである。高度な冶具では、ブロック組み合わせとホルダで段差基準を構成し、比較測定で素早く良否判定を行う。
誤差要因と実務的対策
ブロックゲージの合成長さは微小誤差の集積で変動する。温度偏差は最も支配的であり、作業者の手熱でもμmオーダの影響が出る。端面の汚れ・油膜過多・気泡残りはワリング不良を招き、組み合わせ数の増加は不確かさを押し上げる。実務では、(1)20°C恒温化、(2)組み合わせ数の最小化、(3)頻用ブロックの重点校正、(4)端面検査と再ラップの基準化、(5)使用記録の管理、を徹底することで、測定能力(CMC)を安定化できる。
図面・規格との整合
ブロックゲージを用いた校正・検査結果は、製品図面の幾何公差や寸法公差と整合していなければならない。製造工程の管理限界や検査規格(社内規程・国際規格)とトレーサビリティ文書を紐づけ、検査治具のマスター長さに対して証跡を残す。国際的にはISO 3650の要求を基軸としつつ、国内JISの整合規格や校正事業者の指針に従って運用することが望ましい。