ジョージ・バークリー|思想と哲学

ジョージ・バークリー George Berkeley 1685年3月12日 – 1753年1月14日

ジョージ・バークリーは、イギリス・アイルランドの哲学者・聖職者。主著は、『視覚新論』、『人知原理論』。経験論の立場から知覚の経験を重んじて、「存在するとは知覚されることである。」と述べた。心の外に物質世界が実在することを否定して、知覚する働きを持つ心のみを実在すると考える唯心論を説く。知覚に基づいて観念が掲載されるが、心の中の観念の因果見解の連鎖の最終原因として神の存在が証明される。認識論や存在論に大きな影響を与えた。

ジョージ・バークリー

ジョージ・バークリー

バークリーの生涯

バークリーはアイルランドのキルケニーに生まれた。イングランドの血筋。キルケニーカレッジに入学。15歳の時にダブリンのトリニティー・カレッジに入る。1704年に卒業したが、そのままダブリンにとどまり、1707年に特別研究員に選ばれた。1709年『視覚新論』、1710年『人知原理論』、1713年にはロンドンで『ハイラスとフィロヌースとの対話』を出版する。その後、大陸を旅し、インディアンや黒人、白人のアメリカ植民を聖職者にするためのカレッジをバミューダに建てようと計画したが、資金難で計画は断念せざるをえなかった。1732年、ロンドンに戻り、1734年にはアイルランドのクロインの主教に任命される。バークリーは貧民の福祉に関心をいだいていたが、タール水が医学的特性をもっていることを書いた、『タール水の功能に関する一連の哲学的反省と探究(サイリス)』を出版した。1752年、バークリーはオックスフォードで引退生活に入り、1753年、妻が聖書を朗読するのを聞きながら突然なくなった。

バークリーの略年

1685年 アイルランドで生まれる
1709年 『視覚新論』
1710年 『人知原理論』
1713年 『ハイラスとフィロヌスの間に交わされた三つの対話』
1728年 アメリカに渡る
1734年 クロインの司教になる
1753年 死去

世界は物の集合ではない。

我々は世界とは物の集合であると考えている。個々の生物が存在する前に、物の世界がまず先にあって、それを自分(我々)が目や耳、触覚で認識している。バークリーはまずここから疑問を発する。では、物質はどのようなものか。バークリーは生物によって色の認識が生物や人それぞれによって違うことから、物質の定義から外す。同様に聴覚や嗅覚、触覚なども同様である。そして形状もまた視覚と触覚から認識することから退けられる。
このように世界(物質)についての記述から知覚に関する定義を抜くと、なにも残らない。バークリーは生物が知覚する対象のことを観念(idea)と呼ぶが、物質とは個々の観念の背後にあるためにそれ自体を知覚することはできないが、個々の観念をもたらす本体となる。そしてそれは我々は理解するように記述することはできない。

「場所が異なれば、同じ眼にも、また、場所が同じでも組織の異なる眼には、形状や広がりは様々に異なって見える。」

観念について

観念について、ロックが第一性質と第二性質を分け、第一性質は対象自身に属し、第二性質は感覚に属するとしたことに対し、バークリーはそれを否定した。バークリーにとって第一性質や実体という不可知なものを許すことは虚妄であった。つまり、心の外部の物質世界は存在しないと考えていた。視覚は、色を見るにすぎず、形や硬さは、手に触れさせるとか、距離は歩くとかといった経験からしか得られない。むしろ、距離、延長、形状、それ自身に存在するものでもなく、我々が感官を通じて、得られたものから二次的に作り出したものである。長い間の経験と習慣が働いて、広がりや大きさが出てくる。したがって、第一性質も実体も、それ自身の存在だけではなく、あるのは単に感覚だけである。

存在するとは知覚されること

世界のそれ自体は知覚することができず、実体はありえない。世界が個々の生物の知覚でしかない。この上で、バークリーは「存在するとは、知覚されることである」といい、対象が知覚されずに存在することはありえないとした。言い換えれば、対象が知覚されずにはありえない。そして、精神が唯一の実体であり、知覚したり観念を思い浮かべたりするのは、この私であり、精神であって、これは実在しているとする。その上で誰も知覚していない対象は神の精神の上に知覚されるとする。<br>

真理の中には心に極めて近く明瞭で、これを見る人はただ目を開けさえすればよいほどのものがある。そして私は次の重要な真理をもってこの種類であるとする。…世界の巨大な仕組みを構成するすべての物体は心の外には少しも存立しておらず、物体が存在するとは知覚されることあるいは知られることなのである。したがってそれらの物体が私によって知覚されないか、あるいは私の心の中に存在しないとき、あるいは他の何らかの被造的精神の心のなかに存在しない時、それらの物体はまったく存在しないか、ある永遠の精神の心の中で存立する。

世界のそれ自体は知覚することができない

世界のそれ自体は知覚することができず、実体はありえない。世界が個々の生物の知覚でしかない。対象が知覚されずに存在することはありえないとした。言い換えれば、対象が知覚されずにはありえない。知覚されるもの、あるいは知覚されうるものの他には、何ものも存在しない。いかなる生物によっても知覚されえない物質の集合など存在し得ないのである。では、知覚されるものを知覚されるのは誰だろうか。それは私でしかない。精神が唯一の実体であり、知覚したり観念を思い浮かべたりするのは、この私でしかないのである。

 

人知原理論 バークリー

能動的存在者(active being)あるいは能動的作用(action)についての観念をもつとは厳密には言うことができないだろう。ただし、それらについて思念(notion)をもつということはできる。私は、私の心という言葉の意味を知っている。しかし、観念をもつ(知覚する、想像する)という作用やその主体それ自身は、原理的に観念たりえない。それゆえバークリーは、それらについての知識を「思念をもつこと」と呼び、「観念をもつ」という知識のあり方と区別するのである。

私の存在が世界を知覚することによって世界は存在する。私以外の生物もまた多様な仕方で世界を知覚する。だとすれば、それを可能にするために、世界を、あらゆるところから常に眺める者が存在しなければならない。常に眺める者が存在しなければならない。バークリーはそのような存在を、神と呼んだ。神とは私やその他の生物と同様に、そしてあらゆるところから常に眺められるよう、世界を知覚する。

観念の起源

抽象的・普遍的観念は知覚できるものではないから存在しえない。たとえば直角三角形でも二等辺三角形でも正三角形ないような普遍的な三角形の観念など存在しない。我々は普遍的な観念を考えるときは具体的・個別的な観念を表象としている。我々が人間というとき、その言葉は老若男女人間一般をさすが、我々はこの言葉で一定の性と年齢をもった個人を想像しているのである。こうしてバークリーは、個別的な観念と記号だけが存在すると考える、唯心論の立場に立つ。

『哲学的覚書』

1705年に書き始められた、バークリーの哲学的見解についての2冊のノートが残されており、『哲学的覚書』として知られる。

「メモ。いつでも最大限に謙虚であること-最大限の礼儀正しさと尊敬をもって数学者たちを論破すること、その際、虚無主義者のごとく振る舞わないこと。注意せよ。皮肉を好む汝の本性を抑制せよ。」

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