アリスティッポス|キュレネ派

アリスティッポス Ἀρίστιππος,Aristippus 紀元前435年頃 – 紀元前355年頃

アリスティッポスは、キュレネ学派の創始者であり、キュニコス学派アンティステネスと反対に快楽主義を唱えた。

アリスティッポスの快楽主義

アリスティッポスの説法は、プロタゴラス的な感覚主義に結びついた快楽主義である。感覚は感覚されるものが運動して、出会うことから生じ、瞬間的である。そして、感覚を生み出す快楽が生じる。

  1. 順風のような運動で快楽が生じる。
  2. 急激な運動で不快感が生じる。
  3. 運動が起こらないか微弱なときで快も不快も感じない。

アリスティッポスは、快のみが善であるとしたが、快はこのような感覚に基づく。感覚は瞬間的なものであるから、未来や過去を考える必要はなく、ただ現在の快を追及すればよい。また、快のみが善であるから、快をもたらす事物や行為がなにであるか問う必要はない。しかし、快にも程度の差がり、不快の後にこそ大きな快が感じられることもよくある。これらもふくめ、快を実現するには識見が必要である。このように、快と不快は、アリスポティッポスではうまく両立できたが、次第に矛盾したもののように思えてくる。たとえば、テオドロスは、識見を重視し、識見によって得られる持続的快状態を目的とした。識見が善であり、無識見が悪である。無神者であり、神からの解放を賢者に不可欠である。アンニゲリスは、精神的快を求め、交友、感謝、愛国なども快をもたらす。ヘゲシアスは、快を追求するあまり本当の快を得ること自体に懐疑を抱き、むしろ、全てに無関心になって不快から脱出する。無関心になれない者には死を勧める。