茶の世界史
茶の世界史は、東アジアで生まれた茶が、宗教儀礼や宮廷文化、国際貿易、植民地経営、大衆消費社会を通じて世界各地へ広がっていく過程をたどるものである。中国で薬用・嗜好飲料として発展した茶は、仏教や禅との結びつきを通じて日本や朝鮮へ伝わり、やがてヨーロッパの宮廷と都市のブルジョワ層に受け入れられた。さらに大西洋世界では、茶は砂糖や奴隷貿易と結びついた「帝国の飲み物」となり、ボストン茶会事件をはじめとする政治闘争の象徴ともなったのである。
中国における茶の起源と唐・宋代の発展
茶の起源は古代中国にさかのぼり、神農が薬草として茶を用いたという伝承が知られる。実証的には、漢代にはすでに茶の栽培と飲用が始まっていたと考えられ、魏晋南北朝期には茶が文人の嗜好品として定着していく。唐代には陸羽が『茶経』を著し、茶の産地・製法・淹れ方を体系化したことで、茶は宮廷から地方社会にまで広がる普遍的な飲料となった。宋代には抹茶を点てる「点茶法」が発達し、科挙官僚や文人の優雅な生活文化と結びついた。この宋代の点茶文化は、日本の茶の湯に大きな影響を与えたとされる。
日本への伝来と茶の湯
茶が日本にもたらされたのは奈良・平安期とされるが、本格的な普及は鎌倉期に禅僧が宋から持ち帰った抹茶法を通じてであった。栄西が茶の効能を説いた『喫茶養生記』を著し、禅院での坐禅と結びついたことで、茶は心身を整える飲み物として武家社会に浸透した。室町期には茶の湯が武家の社交の場として洗練され、安土桃山期には千利休によってわび茶が大成される。利休の茶は、戦国大名の政治交渉の場ともなり、茶器や名物は権力と威信を象徴する文化資本として機能した。こうして日本では、茶は単なる嗜好品を超え、美意識と権力構造を映し出す総合文化となった。
東アジアとユーラシアを結ぶ交易ネットワーク
中世から近世にかけて、茶はシルクロードや海上交易路を通じて広く流通した。中国内陸部では、茶は馬や家畜と交換される「茶馬交易」の重要な商品となり、チベットやモンゴルの遊牧社会にも浸透した。イスラーム世界では、コーヒーがより中心的な役割を担ったものの、中央アジアやロシア南部では濃い茶に乳やバターを入れる飲み方が発達し、ユーラシアの遊牧文化と結びついた独自の茶文化が形成されたのである。
ヨーロッパへの伝来と東インド会社
ヨーロッパ人が茶に出会うのは、大航海時代以後である。16世紀末にポルトガル人やオランダ人が中国や日本と通商を開き、アムステルダムやリスボンに少量の茶がもたらされた。当初、茶は薬用として薬局で扱われる高価な輸入品であったが、17世紀にはオランダ東インド会社やイギリス東インド会社が本格的に茶の輸入を始め、ロンドンやパリの上流階級の間で流行する。ヨーロッパの港湾都市では、茶・砂糖・陶磁器が一体となって消費され、東アジアの物産は新たなファッションとステイタスの象徴として受容された。
イギリス社会と茶・砂糖・帝国
イギリスでは、17〜18世紀にかけて茶が国民的飲料へと変貌した。ロンドンのコーヒーハウスでは茶も提供され、政治・経済・文化の議論の場となる一方、家庭では砂糖をたっぷり入れた甘い紅茶が普及し、女性や子どもを含む幅広い階層に受け入れられた。この背後には、カリブ海植民地の砂糖プランテーションとアフリカからの奴隷貿易があり、茶と砂糖の消費は帝国経済と切り離せなかった。議会主権をめぐるイギリス革命以後、イギリス国家は関税・独占権を通じて茶貿易を管理し、財政基盤の強化に利用したのである。
植民地インドとセイロンの茶プランテーション
19世紀になると、イギリスは中国への茶依存を減らすため、インドやセイロン(現スリランカ)で茶の大規模栽培を推進した。アッサムやダージリンでは先住民や移民労働者がプランテーションに動員され、厳しい環境のもとで茶葉の生産が行われた。こうして産出された茶は、鉄道や蒸気船によって港へ運ばれ、ロンドンの茶市場を経て世界各地に再分配される。帝国主義時代の茶は、植民地支配・土地収奪・労働問題と不可分の存在であり、今日の紅茶文化の背後にはこのような歴史的文脈が横たわっている。
アメリカ独立と茶をめぐる政治闘争
大西洋世界では、茶はしばしば政治的象徴となった。イギリス本国はフレンチ=インディアン戦争後、北米植民地に財政負担を求めるため砂糖法や印紙法を制定し、さらに関税を通じて茶などの輸入品から収入を得ようとした。これに対し植民地側は、「代表なくして課税なし」をスローガンに抗議を強める。特に、茶の輸入と販売をめぐるタウンゼント諸法や茶法は強い反発を招き、1773年のボストン茶会事件へとつながった。ボストンの急進派指導者パトリック=ヘンリーらは、茶をボイコットし、自由のために闘う象徴として用いたのである。イギリス議会はこれに対しボストン港を封鎖する強硬策をとり、対立はやがてアメリカ独立戦争へと発展した。
近現代の茶とグローバル消費社会
20世紀以降、ティーバッグの発明や大量生産・大量流通の仕組みの整備により、茶は世界各地で日常的に消費される飲料となった。冷たいペットボトル飲料やフレーバーティー、健康志向の商品など、多様な商品が市場に登場し、東アジア・南アジア・ヨーロッパ・アフリカ・アメリカを結ぶ巨大なグローバル市場が形成されている。その一方で、フェアトレードやオーガニック認証を通じて、生産地の労働条件や環境負荷に配慮した茶のあり方も模索されている。こうして、茶は古代から現代に至るまで、常に社会・経済・政治・文化の変化を映し出す鏡であり続けているのである。