玉掛け
玉掛けは、クレーンや移動式クレーンで荷を吊り上げるときに、ワイヤロープやスリングなどの吊り具を荷に掛け、フックに掛けて外すまでの一連の作業をいう。荷を吊る準備だけでなく、合図、地切り、誘導、着床、吊り具を外す工程までを含む。日本では労働安全衛生法第61条とクレーン等安全規則第221条によって就業制限が定められており、資格のない者が行うことはできない。吊り荷の落下や振れによる災害が多いことから、製造業や建設業の現場では基本でありながら最も事故に近い作業の一つとされている。
必要な資格と法的な区分
資格は、使用するクレーンの吊り上げ荷重で二つに分かれる。吊り上げ荷重1t以上のクレーン、移動式クレーン、デリックで玉掛けを行う場合は「玉掛け技能講習」の修了が必要になる。1t未満の機械で行う場合は、事業者が実施する「玉掛け特別教育」を受ければよい。注意したいのは、基準が「吊る荷の重さ」ではなく「クレーンの吊り上げ荷重」である点である。たとえば2.8t吊りの天井クレーンで200kgの部品を吊る場合でも、技能講習の修了者でなければ作業できない。
| 区分 | 対象となるクレーン | 学科 | 実技 | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
| 玉掛け技能講習 | 吊り上げ荷重1t以上 | 12時間 | 7時間 | クレーン則第221条 |
| 玉掛け特別教育 | 吊り上げ荷重1t未満 | 5時間 | 4時間 | クレーン則第222条 |
技能講習は登録教習機関で3日間程度、受講料は2万円前後が相場である。製造現場では、工場の天井クレーンがほぼすべて1t以上であるため、特別教育だけで済ませるケースは少ない。新人を配属するときは、まとめて技能講習へ送り出す会社が多い。
吊り具の種類と安全係数
吊り具は、ワイヤロープ、吊りチェーン、ベルトスリングなどの繊維スリング、シャックル、フックなどで構成される。クレーン則第213条では、ワイヤロープの安全係数を6以上とするよう定めている。フックやシャックルは第214条により5以上が必要である。安全係数は、切断荷重を最大使用荷重で割った値をいう。
実務では、使い分けに明確な傾向がある。重量物や鋼材には強度と耐熱性に優れたワイヤロープを使う。塗装品、研磨仕上げのシャフト、樹脂成形品などはワイヤだと傷が付くため、ポリエステル製のベルトスリング(JIS B 8818)を選ぶ。ベルトスリングは軽くて扱いやすく、価格も1本数千円程度からと安い。ただし、エッジの鋭い鋼板に直接当てると簡単に切れる。そのため当て物(コーナーパッド)は必須になる。
ワイヤロープの廃棄基準
クレーン則第215条では、使用してはならないワイヤロープを定めている。現場の始業前点検では、次の項目を目視と手触りで確認する。
- ワイヤロープ1よりの間で、素線の数の10%以上が切断しているもの
- 直径の減少が公称径の7%を超えるもの
- キンクしたもの
- 著しい形崩れまたは腐食があるもの
吊り角度と張力の関係
2本吊りでは、ロープ同士がなす角度(吊り角度)が大きくなるほど、1本あたりに掛かる張力が増える。荷の質量をW、吊り角度をθとすると、1本の張力Tは次の式で表される。
T = W ÷ ( 2 × cos(θ / 2) )
θが0°ならTはWの半分で済む。60°では約0.58W、90°では約0.71W、120°になるとTはWと同じになり、ロープ1本で荷全体を吊るのと変わらない。このため、吊り角度は原則60°以内、やむを得ない場合でも90°以内に抑えるよう教えられている。目安として、ロープの長さを荷の吊り点間隔より長くとれば角度は60°以下に収まる。
代表的な掛け方
掛け方は、荷の形状、重心の位置、表面の状態によって選ぶ。よく使われるのは、アイをフックに掛けてロープを荷に通す「目通し吊り」、荷にロープを一巻きして締め付ける「あだ巻き吊り」、吊り金具に直接掛ける「目掛け」などである。ロープを荷の下に通してフックに両端を掛けるだけの「半掛け」は、長尺物だとロープが滑って荷が抜け落ちやすい。そのため、多くの現場で原則禁止としている。
4本吊りの場合でも、荷重が4本に均等に分かれるとは限らない。荷の剛性が高いと、実際には対角の2本で荷重を受けることが多い。そこで、1本あたりの許容荷重は2本吊りと同じ条件で計算しておくのが安全側の考え方である。
作業の流れと合図
作業は、荷の質量と重心の確認から始まる。図面や銘板で質量が分からないときは、鋼材なら比重7.85で計算して概算する。吊り具を選んで点検し、荷に掛けたら運転者へ合図を送り、巻き上げる。合図はクレーン則第25条で「一定の合図」を定めることが求められており、合図者は1名に限るのが原則である。
床から10cm程度浮かせたところで一旦停止する「地切り」は、作業全体で最も大切な確認ポイントになる。ここで荷の傾き、ロープの張り具合、フックの位置を確かめる。重心がずれていれば、すぐに下ろして掛け直す。その後の運搬中は、介錯ロープで荷の回転を抑え、作業者は吊り荷の下に絶対に入らない。着床時には枕木やりん木を置き、ロープを荷の下から抜き取れる隙間を確保する。
現場で起きやすいトラブル
厚生労働省の労働災害統計では、クレーン関連の死亡災害のうち、吊り荷の落下や激突が大きな割合を占めている。原因として多いのは、荷の質量の見誤り、吊り角度の過大、そして手での押し引きによる挟まれである。とくに工場の揚重作業では、日常的に同じ部品を吊るうちに確認が省略されがちになる。治具や金型のように一見小さくても重い物は、質量を表示しておくと判断ミスを減らせる。スリングに使用荷重のタグが付いていないもの、色分けが判別できないものは、その場で使用をやめて廃棄に回すルールを設ける事業所も増えている。玉掛けは資格を取って終わりではなく、日々の点検と合図の徹底によって安全が保たれる作業である。
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