深放電
深放電とは、二次電池の放電が規定の終止電圧や下限SoCを大きく下回るまで進行し、電極反応の可逆性が損なわれる状態を指す。単なる大電流放電や通常のサイクル運用とは異なり、セル内部の化学的・機械的ダメージ(集電体の溶出、活物質の不可逆変質、界面膜の破壊など)を蓄積し、容量・出力・安全性を低下させる。EV、UPS、産業機器、蓄電システムではBMSがLVD(Low Voltage Disconnect)でこれを予防するが、待機電流や長期保管、温度低下、セルばらつきが重なると現場で発生しやすい現象である。
定義と用語
SoC(State of Charge)は残容量、DoD(Depth of Discharge)は放電深度である。設計上の「終止電圧」を超えてさらに電圧が降下した状態を深放電と呼び、過放電(over-discharge)とも表現される。典型値として、Li-ionでは2.5〜3.0 V/cell、鉛蓄電池では1.75〜1.8 V/cell付近が目安だが、化学系・温度・レートで閾値は変動する。ベンダ指定のしきい値を基準に、機器側では余裕(マージン)を確保するのが通例である。
発生メカニズム
- 負荷継続:内部抵抗と分極により端子電圧が降下し、活物質が不可逆相へ遷移
- 自己放電・待機電流:長期保管や常時通電でゆっくり閾値を下回る
- BMS/保護不具合:LVDや保護ICの設定不良、遮断失敗、ヒステリシス不足
- 低温:有効容量低下により見かけのDoDが増大し、閾値到達が早まる
深い電位域では副反応が支配的となり、Li-ionでは負極SEIの破壊と再形成損、Cu集電体の溶出と析出による内部短絡リスクが増す。鉛蓄電池では粗大な硫酸鉛結晶(サルフェーション)が形成され、導電経路が失われ内部抵抗が上昇する。Ni系では極板反転やガス発生、セル逆接に至ることがある。
化学系別の影響
リチウムイオン電池
深い電位降下でSEIが破壊され、再形成により容量と効率が低下する。さらにCu集電体が溶出し、電位回復時に析出して微小短絡の起点となる。結果として内部抵抗上昇、自己放電増加、膨張、サイクル寿命低下が生じる。保管を0%近傍で行うと劣化が加速するため、長期保管は40〜60% SoCが実務指針である。
鉛蓄電池
繰り返しの深放電はサルフェーションと活物質脱落を促し、極板の湾曲や電解液層状化を招く。ディープサイクル設計の鉛電池は活物質配合や極板構造が駆動用に最適化されているが、それでもDoDを抑えた運用の方が寿命は長い。
NiMH・NiCd
過放電で極板反転とガス発生が起こり、セル直列時は弱セルが逆充電される危険がある。俗にいう「メモリー効果」は充放電履歴に伴う現象であり、深放電とは原因も対策も異なる。
評価指標と診断
評価ではOCV-SoC特性、内部抵抗、EIS(Electrochemical Impedance Spectroscopy)、クーロンカウント、BMSログ解析を併用する。負荷遮断後の「電圧リバウンド」があるため、瞬時電圧だけの判定は誤る。深放電イベント回数や最小セル電圧、最低温度、レートを記録し、寿命モデル(DoD-サイクル曲線)に反映させる。
- 遮断閾値例:Li-ionは2.7〜3.0 V/cellでLVD、再接続は3.0〜3.2 V/cell以上
- 鉛蓄電池:1.8 V/cell付近で負荷遮断、温度補償必須
- SoC再推定:休止30〜60分後のOCV参照でドリフトを低減
防止設計と運用
BMSのLVDとヒステリシス、セルバランス、低損失スイッチ、休止電流の予算化、温度補償が基本である。ファームウェアでは再接続条件と遅延、再試行回数を規定し、不要なチャタリングやセルの深追いを避ける。外部機器ではUVLO(Under-Voltage Lockout)とLVDリレーの二重化が有効で、UPSや非常用電源では必要最小運転時間を満たすDoD上限を保守的に設定する。
- 閾値設計:温度・レート・劣化度(SoH)に応じて動的に最小電圧を引き上げる
- 保管:定期補充電とスリープ設計で待機消費を最小化
- 監視:電圧・電流・温度・インピーダンスを常時監視し、アラート閾値を二段階化
- 充電:CC-CVやマルチステージ充電を厳守し、均等化の頻度は劣化とバラツキで最適化
復帰手順と注意
深放電後の回復ではプリチャージ(例:C/20〜C/10)から開始し、セル温度・電圧上昇率・リークを監視する。Li-ionでは規定下限を大きく下回ったセルを「廃棄判定」とする設計が安全側である。鉛では等電圧充電と必要に応じた均等化を行うが、固定化したサルフェーションは回復が限定的で、過度な活性化は熱とガスのリスクを伴う。
規格・試験の位置づけ
セル/パック規格や車載・産業向け規格では、放電終止電圧、保護動作、温度レンジを定義し、深放電に至らない試験プロファイルが策定される。機能安全(ISO 26262等)では、LVDのフェイルセーフ設計や故障検出・診断(FMEA、FTA)が要求され、UL系認証では保護デバイスや筐体の安全性も評価対象となる。
完全放電との違い
「完全放電」は理想モデル上で反応物が使い切られた状態を指すのに対し、実機では終止電圧以前にも内部抵抗と分極で利用不能な容量が生じる。よって完全放電を目指す運用は現実的でなく、終止電圧で打ち切る管理が前提である。
DoDとサイクル寿命
一般に同一の総通過エネルギーでも、1回のDoDが浅い方が総サイクル数は増える(例:20% DoDの多数回運用は80% DoDの少数回運用より総サイクル数が大きい)。システムでは要求出力・エネルギーと寿命費用の最適点を探索し、SoHに応じて許容DoDを縮める戦略が有効である。
実務上の設計ヒント
- 低温時は放電電流と出力のソフトリミットを設け、見かけのDoD増大を抑える
- セルばらつきに応じてトップ/ボトムバランスを使い分け、弱セルの深放電を回避
- 休止電流の予算化(BMS、無線、表示、計測)とディープスリープ移行を厳格に管理
- ログ解析で深放電直前の負荷パターンを抽出し、制御テーブルやUIに反映
以上のように深放電は偶発ではなく、閾値設計、熱・レート・ばらつきの管理、正確なSoC推定と保守運用の徹底で回避可能な管理事象である。用途環境に応じた保守的な終止電圧、動的DoD制限、適切な復帰手順を組み合わせることで、安全性と寿命、TCOの最適化が達成できる。