放射音
放射音とは、機械・構造物が振動や流体作用によって空気中へ放出する音響エネルギーであり、観測者に到達する可聴域の騒音を規定する主要因である。発生源の機械力や流速が同じでも、構造の形状・剛性・減衰・境界条件により音への変換効率が変化し、同一入力であっても放射音が大きく異なる。したがって騒音対策は「源(励振)」「経路(伝搬)」「放射(空間への放出)」の三位一体で最適化する必要がある。
定義と位置づけ
放射音は「固体の機械振動や流体の変動が音場へ変換された結果」である。音圧や音響インテンシティ、音響パワーといった量で表され、聴感への寄与は周波数特性と指向性に依存する。機械室における設備音、家電の筐体からの音、車体パネルからの音などが代表例であり、透過音や漏洩音と区別して評価する。
物理モデルと放射効率
放射音の強さは、表面平均振動速度と空気の音響インピーダンスに加えて、表面から音へ変換される割合である「放射効率」によって決まる。薄板では曲げ波の位相速度が空気中の音速に一致する周波数帯(臨界付近)で効率が上がり、広いパネルや補剛の少ない面は音を放ちやすい。パネル分割、サンドイッチ化、制振層の付与は放射効率を下げる典型的手段である。
主要指標
評価・設計で用いる指標は次のとおりである。
- 放射音の音響パワーレベル(Lw):発生源固有の放射能力を示す量で、環境に依らず比較可能。
- 音響インテンシティ(I):面上の実効エネルギー流束。音源寄与の可視化や面積積分に用いる。
- 放射効率(σ):単位振動エネルギーが音へ変換される割合。形状・周波数で変化。
- 指向性:面や開口の配置で決まる角度依存性。実使用騒音の支配要因となる。
- A特性レベルや等価騒音レベル(Leq):聴感評価や規制適合の判定に用いる。
メカニズム(機械で何が音になるか)
放射音は単一要因ではなく複合要因から成る。典型的には(1)回転体・ギヤメッシュに起因する構造振動、(2)ファンや弁で生じる空力変動、(3)衝撃・当たり・バックラッシュ、(4)電磁力変動や可聴域スイッチングに伴う励振、(5)配管・流路のキャビテーションなどがある。源の周期性や乱流度はスペクトル形状を決め、結果として放射音の帯域が特徴づけられる。
モデリング手法
放射音の予測には、構造の振動応答を求めたうえで音場へ連成する。低〜中周波ではモーダル解析+境界要素法(BEM)や有限要素法(FEM)連成が有効であり、広帯域や多数部材では統計的エネルギー解析(SEA)を用いる。近傍場を測って遠方場へ推定する近接場音響ホログラフィ(NAH)も実務的である。
近似音源モデル
放射音の素描には、モノポール(体積変動)、ダイポール(力対)、クアドラポール(せん断)といった理想音源が使われる。回転機の羽根はダイポール型、乱流はクアドラポール型が支配的となることが多い。
測定と評価法
放射音の定量化は、無響室・半無響室での音圧アレイ測定、実稼働環境での音響インテンシティ走査、残響室での音響パワー推定などを用いる。国際規格では例えばISO 3744/3745(音圧法)やISO 9614(インテンシティ法)があり、手順・マイク配置・背景補正が規定される。
試験環境と補正
半無響室では床反射の影響を補償し、残響室では拡散場の成立を確認する。背景騒音との差、風速、温湿度は測定不確かさを左右する。A特性は聴感配慮の便法であり、設計要因同定には1/3オクタブや線スペクトルの解析が不可欠である。
低減設計の基本戦略
放射音を下げるには、励振低減・伝搬遮断・放射効率抑制を組み合わせる。
- 源対策:アンバランス整正、ギヤ精度向上、軸受予圧最適化、回転次数の離調、スイッチング周波数の可聴域外化。
- 経路対策:遮音板・吸音材・制振材の適用、インピーダンス不整合の導入、シール強化による漏洩低減。
- 放射効率抑制:板厚・ビード・補剛の最適化、サンドイッチ構造や粘弾性制振、パネル分割や開口率制御。
- 指向性制御:放射面の向き変更、ケーシングでのダクト化と曲げ、開口の配置最適化。
材料と構造の観点
高剛性・高減衰材料は放射音低減に有利である。金属板には制振鋼板や制振塗料、樹脂筐体にはガラス繊維強化やリブ設計を用いる。リブは固有モードを押し上げつつ放射効率を抑え、局所的な節化で有効に働く。
規制・品質との関係
放射音は法規制やラベリングの対象となる場合があり、製品カテゴリごとに試験条件や測定面が定義される。さらに音質(トーナリティ、変動感、シャープネスなど)への配慮は市場品質に直結するため、単なる総量低減だけでなくスペクトルの「形」を整える設計が重要である。
実務ワークフロー
効果的な放射音マネジメントは、要件定義→予備計算→仮説駆動の計測→同定→数値モデル相関→対策設計→試作評価→最適化の循環で進める。量産移管時はばらつきと劣化を見込み、管理特性値と監視点を設定する。
よくある落とし穴
A特性値だけで判断して原因を取り逃す、近傍場成分や反射の混入で源を誤特定する、運転モード差を無視して評価する、といった失敗は多い。伝達経路と放射面の可視化、運転条件スイープ、寄与率評価を併用することが解決への近道である。
用語整理
放射音(radiated sound)は構造面などから空間へ放たれる音である。これに対し、透過音は境界を通って別空間へ伝わる音、漏洩音は小開口から意図せず漏れる音、空力騒音は流体変動に由来する音を指す。実務ではこれらを切り分け、寄与の大きい経路に資源を集中投入することが合理的である。