拡散ポンプ
拡散ポンプ(diffusion pump)は、加熱した作動流体の蒸気ジェットで気体分子を巻き込み、下流のバックポンプへ連行して排気する拡散ポンプ方式の高真空用ポンプである。可動部がなく大流量・大口径に強いことが特長で、真空蒸着や熱処理など大面積装置で広く使われる。典型的な到達圧力は約10^-7~10^-6 Torr(≈1.3×10^-5~1.3×10^-4 Pa)で、適切なバッフルやコールドトラップを併用すれば油逆拡散を抑制できる。運転には前段のロータリーポンプ等(backing pump)が必須で、圧力領域としては粗真空から高真空へと導く中核機器である。
作動原理(分子流と蒸気ジェット)
拡散ポンプのノズルから噴出する作動流体の蒸気(油や過去には水銀)が高速ジェットとなり、分子流領域で気体分子と衝突して下方へ運ぶ。多段ノズルで圧縮比を段階的に高め、最下流でバックポンプが排気する。外周ジャケットで壁面を冷却し、ジェットが壁で凝縮してボイラへ戻る循環を繰り返す仕組みである。気体の輸送はジェットの運動量移送に依存し、粘性流から分子流への遷移で効率が高まる。
基本構造
拡散ポンプは「ボイラ(ヒータ)」「ノズル(多段ジェットスタック)」「冷却ジャケット」「バッフル(またはコールドトラップ)」「フォーライン接続」から成る。油蒸気はノズルで整流され、壁面で凝縮・回収される。バッフルは上流への油蒸気の戻り(バックストリーミング)を減らし、装置汚染を抑える。冷却は到達圧力と油寿命の両面で重要である。
作動流体の種類
拡散ポンプの油は熱安定性と低い蒸気圧が鍵で、シリコーン系やダリウム系、PPE系などが用いられる。反応性ガスや高温プロセスでは分解・重合の抑制が重要で、フィルタや定期交換で性能を維持する。
運転手順(立ち上げと停止)
拡散ポンプの立ち上げは、(1)前段でチャンバーを数Pa台まで排気、(2)ヒータ投入で油を沸騰、(3)ジェット形成後に高真空域へ、の順で行う。停止は逆順で、ヒータ停止→冷却継続→十分に温度低下→前段で大気復帰とする。急冷や大気導入の誤操作は油の劣化や逆流を招くため避けるべきである。
安全と保全
拡散ポンプは過熱防止(サーモスタット)と冷却水監視が必須である。異常加熱や冷却喪失は油分解や装置汚染を引き起こすため、圧力計とインターロックで保護する。
性能指標
拡散ポンプの選定ではポンプ速度S(L/s)、到達圧力、圧縮比、スループットQ(Q=S×p)、口径、必要フォア圧が指標となる。大口径モデルは1,000~50,000 L/s級があり、大面積成膜や冶金に適する。H₂やHeは圧縮比が下がりやすく、要求圧力によっては他方式と併用する。
利点と欠点
拡散ポンプの利点は、(i)可動部がなく堅牢、(ii)大流量・大口径でコスト優位、(iii)磁場や振動に強い、の3点である。欠点は、(a)油の逆拡散リスク、(b)冷却・電力が必要、(c)反応性ガスや粉体で油が劣化する、などである。バッフル/コールドトラップの併用と適切な運用で多くは緩和できる。
代表的トラブルと対策
拡散ポンプで多いのは油逆拡散、フォア圧の上昇、ヒータ断、冷却不足である。逆拡散はバッフル・コールドトラップの清浄と温度管理、適正なオイル量・品質で低減できる。フォア圧上昇は前段ポンプの性能劣化やリークが原因で、リークテストと配管清掃が有効である。
油管理のポイント
拡散ポンプ油は色・臭い・粘度の変化を指標に交換時期を判断する。分解生成物はバッフルやチャンバーに堆積し、到達圧力を悪化させるため、定期オーバーホールが望ましい。
応用分野
拡散ポンプは真空蒸着、イオンプレーティング、冶金、真空焼鈍、宇宙環境試験など大流量を要する用途に適する。油汚染に厳しい半導体プロセスでは、トラップを強化するか、代替としてターボ分子ポンプやクライオポンプが選択される。
他方式との比較
拡散ポンプは同口径での設備コストと大流量に優れる一方、超清浄度が必須の超高真空ではオイル管理がボトルネックになりうる。メンテ資源や清浄要求、プロセスガス(腐食性・重質炭化水素の有無)を踏まえ、方式を最適化することが重要である。
設計の実務上の勘所
拡散ポンプの吸気口直上に広い開口面積を確保し、コンダクタンス損失を最小化する。短く太い配管、滑らかな曲率、適切な真空ポンプの組み合わせにより、名目Sと実効Sの乖離を小さくできる。