戦争と共和制|戦時に揺れる市民の自由

戦争と共和制

近代政治思想において戦争と共和制の関係は、古代の共和政ローマからフランス革命に至る歴史経験の中で語られてきた。王や貴族の軍隊ではなく、市民自身が武器を取って祖国を守ることが、自由と平等を支える条件とみなされたからである。他方で、大規模な戦争は非常時体制を招き、共和制内部に独裁や抑圧を生み出す危険も孕んでいた。この緊張関係のなかで、戦争は共和制の成立と変質を同時に促す要因となった。

古典共和主義と戦争

古典共和主義では、市民の自由は武装した市民の勇気と徳に支えられると考えられた。傭兵や常備軍に頼る体制は、支配者と被支配者を分断し、専制を招くと警戒されたのである。古代ローマの市民軍は、土地所有と軍役義務を結びつけ、政治参加と軍事奉仕を一体のものとして理解した。この伝統は、近世ヨーロッパの都市共和国や、後のアメリカ独立戦争における民兵思想にも受け継がれた。ここでは戦争は、共同体を守るための義務であると同時に、市民が公共善への献身を学ぶ場とみなされていた。

フランス革命における戦争と共和制

フランス革命では、王権の信用を失墜させたヴァレンヌ逃亡事件と、周辺君主国によるピルニッツ宣言が戦争の引き金となり、対外戦争は王政から共和制への転換を加速させた。革命政府は祖国防衛の名のもとに徴兵と動員を拡大し、「国民皆兵」の理念をうち立てる。教会組織を再編した聖職者基本法や、ギルド・同業組合を禁止したル=シャプリエ法などの諸改革も、戦時下での国家統制強化と結びついていた。さらに、急進派が結集したジャコバン=クラブは、対外戦争を「祖国か死か」という愛国の道徳的試練として語り、共和的徳性を要求したのである。

戦時動員と市民の平等

戦争は、身分や性別による従来の境界を揺さぶった。兵士として戦場に立つ農民や都市民は、政治的権利を主張する根拠を獲得し、平等な「国民」として認められることを求めた。宮廷文化を体現したマリ=アントワネットへの激しい批判や、女性の政治的権利を訴えた女性の権利宣言は、戦時体制のもとで「誰が祖国を代表するのか」という問題をめぐる葛藤を映し出している。戦争は共和制の理念を広げると同時に、その適用範囲をめぐる激しい対立を生んだのである。

近代国民国家と戦争・共和制の結びつき

19世紀以降、徴兵制と大量動員はヨーロッパ各国に広がり、戦争は国民全体を巻き込む総力戦の性格を強めた。これは、参政権の拡大や社会保障の整備といった、共和制的な平等原理の広がりと並行して進んだ側面をもつ。一方で、非常時の名目で言論や結社の自由が制限される場面も多く、戦争は共和制の自由を脅かす要因ともなった。近代の戦争と共和制の歴史は、国民の動員と権利拡大、国家権力の強化と自由の制約という二面性が、絶えずせめぎ合うプロセスであったと理解できる。