均輸法
均輸法は、前漢の武帝期に財政基盤を強化し物資の偏在を是正する目的で実施された国家介入政策である。官が安価な地域で買い上げ、高価な需要地に輸送して販売することで価格差を収益化し、同時に価格の歪みと輸送負担を平準化した。背景には、対外遠征の拡大と都・辺境間の需給ギャップ、豪商の利潤独占に対する抑制があった。均輸法は現場調達と広域輸送を制度化し、物資の確保と財政収入の確保を両立させた点に特徴をもつ。
歴史的背景
武帝の積極外交と軍事行動は、広域の物流網と厖大な財政支出をもたらした。匈奴との戦争を指揮した衛青・霍去病の遠征、南海方面への征服で成立した南越の併合、東方での衛氏朝鮮平定と楽浪郡設置、西域では張騫の使命や大宛遠征などが、都と辺境の需給差を拡大させた。これらは兵站物資と市場価格の安定化を国家主導で図る制度を要請し、均輸法成立の直接の契機となった。
制度の仕組み
- 官が余剰地で低値買上げを行い、需要地へ輸送して販売する。差益は財政に繰り入れ、軍費や公共支出に充当する。
- 郡国の貢納や辺境の軍需を、遠隔輸送に頼らず現地近傍で調達・交換する。これにより輸送の負担と費用を「均す」。
- 市場監視を通じて主要物資の流通量・価格を把握し、過度な投機や囲い込みを抑制する。
- 運用は大農などの経済官署が担い、都と要地に配置された官が在庫と輸送路を管理する。
平準法との関係
均輸法は空間(地域間)の偏在是正と輸送の調整に重点を置く。他方、平準法は時間(景気・季節)による価格変動に対し、安値で買い高値で放出して価格をならす政策である。両者はしばしば一体で運用され、地域差と時期差の双方を国家が吸収することで、需給安定と財源確保を同時に実現した。専売制である塩・鉄・酒の専売制とも接続し、財政手段のポートフォリオを構成した。
財政・社会への影響
均輸法は軍需・官需の迅速な充足と、価格差から得る収益による歳入増をもたらした。一方で、豪商の長距離交易利潤を圧縮し、流通の主導権を官に引き寄せたため、民間商人には負担感が生じた。物価面では過度な高騰の抑止に資する半面、官の買上げが強過ぎる場合には一時的な品薄や価格硬直を招くこともあった。制度効果は運用の巧拙に大きく依存したのである。
評価と論争(塩鉄論)
武帝没後、政策の是非は諸儒と実務官僚の間で激しく論じられた。いわゆる塩鉄会議では、民業圧迫や徳治との齟齬を批判する立場と、外征・防衛を支える実利を擁護する立場が対峙した。均輸法は一部で縮減・調整を受けつつも、辺境防衛と都城供給の基盤として継続された局面もあり、情勢と財政事情に応じて姿を変えながら存続した。
技術的基盤—物流と情報
均輸法の成否は、道路網・駅伝制度・倉儲といった物流基盤、そして価格・在庫の情報収集体制に左右された。西域交通の整備や辺境郡の設置は物流の節点を提供し、諸郡国からの奏報・市場記録は意思決定を支えた。こうしたハードとソフトの双方が、官による広域オペレーションを可能にしたのである。
後世への影響
均輸法は、国家が需給調整と価格安定に関与する先例として、以後の王朝の政策設計に参照された。民間活力の抑制と公共安定の調和という課題設定は反復し、時代ごとに調整・再編を受けながらも、国家の市場関与に関する基本論点を提示し続けた。