乳化
乳化とは、本来は混ざり合わない2種類の液体のうち一方を微細な液滴にし、もう一方の液体の中に散らばらせる操作、またはその状態をいう。水と油の組み合わせが最も一般的で、こうしてできた系をエマルション(乳濁液)と呼ぶ。液滴の直径はおおむね0.1〜10μmの範囲にあり、光を散乱するため外観は牛乳のように白く濁る。コロイド化学の一分野として体系化されており、食品、化粧品、医薬品、塗料、金属加工油など多くの製造分野で、製品の質感や保存性を左右する基盤技術となっている。
O/W型とW/O型の違い
エマルションは、どちらの液体が連続相(外相)になるかによって大きく2つに分けられる。水の中に油滴が浮かぶものを水中油型(O/W型)、油の中に水滴が散らばるものを油中水型(W/O型)と呼ぶ。牛乳やマヨネーズは前者、バターやマーガリンは後者にあたる。判別は意外に簡単で、少量を水に垂らして広がればO/W型、まとまったまま広がらなければW/O型と考えてよい。導電率を測る方法もあり、連続相が水であるO/W型のほうが電気をよく通す。液滴の中にさらに別の液滴を抱え込んだW/O/W型のような多相エマルションもあり、薬の放出を遅らせる徐放性製剤の分野で研究が進んでいる。
混ざらない液体が分散する理由
水と油の境目には界面張力が働くため、系は境目の面積をできるだけ小さくしようとする。撹拌で細かくした油滴も、放っておけば再びくっついて大きな油の層に戻ってしまう。これを防ぐのが乳化剤である。乳化剤の多くは、1つの分子の中に水になじむ親水基と油になじむ親油基をあわせ持つ界面活性剤で、液滴の表面に並んで界面張力を下げる。同時に、電気的な反発や分子の立体的な障壁によって、液滴どうしが近づきすぎるのを妨げる。水と流動パラフィンの界面張力は約50mN/mあるが、適切な乳化剤を加えると数mN/m以下まで下がる。卵黄に含まれるレシチンや牛乳のカゼインといった天然物、アラビアガムのような高分子も同じ働きをする。ただし熱力学的に見ればエマルションはもともと不安定な系であり、乳化剤が生み出すのは「壊れるまでの時間を延ばす」速度論的な安定性にすぎない。
乳化剤の選び方とHLB
乳化剤を選ぶときの目安として広く使われているのが、1949年に米国のW.C.グリフィンが提案したHLB(Hydrophile-Lipophile Balance)値である。親水性と親油性の釣り合いを0〜20の数値で表し、値が大きいほど水になじみやすい。HLB3〜6の乳化剤はW/O型に、8〜18はO/W型に向くとされる。油の側にも「所要HLB」という値があり、流動パラフィンをO/W型にする場合は10〜12前後の乳化剤が合いやすい。
非イオン界面活性剤のHLB計算
ポリオキシエチレン系の非イオン界面活性剤は、次の式でおおよそのHLBを求められる。
HLB = 20 × MH ÷ M
MHは親水基部分の分子量、Mは分子全体の分子量を表す。2種類を混ぜて使う場合は、質量比による加重平均をとればよい。HLB4.3のソルビタンモノオレエートとHLB15.0のポリソルベート80を同じ量ずつ混ぜると、全体のHLBは約9.7になる。実務ではカタログ値だけで決めず、HLBを1刻みで変えた試作品を5〜7種類つくり、最も安定したものを選ぶ方法が定石になっている。
乳化の方法と主な装置
液滴を細かくするには、外からせん断力や衝撃のエネルギーを加えて分散させる必要がある。必要な液滴の大きさや生産量によって、使う装置は次のように変わる。
| 装置 | 原理 | 液滴径の目安 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| プロペラ撹拌機 | 低速回転による流れ | 10μm以上 | 粗乳化、前処理 |
| ホモミキサー | ローターとステーターの隙間で生じる強いせん断(周速10〜25m/s) | 1〜10μm | 化粧品クリーム、ドレッシング |
| 高圧ホモジナイザー | 50〜200MPaで狭い隙間を通過させる | 0.1〜1μm | 牛乳、輸液用脂肪乳剤 |
| 超音波乳化機 | 20kHz前後で生じるキャビテーション | 0.1〜1μm | 研究用、少量生産 |
| 膜乳化装置 | 多孔質膜の細孔から分散相を押し出す | 細孔径の約3倍で均一 | 粒径のそろったエマルション |
転相温度乳化法(PIT法)
機械の力に頼らない方法もある。1968年に篠田耕三らが報告した転相温度乳化法は、非イオン界面活性剤の親水性が温度上昇とともに弱まる性質を利用する。系をO/W型からW/O型へ入れ替わる転相温度付近まで加熱すると界面張力が極端に下がり、少ない撹拌でも微細な液滴ができる。その後に約20〜30℃低い温度まで急冷すれば、細かい液滴を保ったO/W型が得られる。
エマルションが壊れるしくみ
安定に見えるエマルションも、時間がたつと少しずつ姿を変えていく。壊れ方は主に次の4つに分けられ、実際にはいくつかが同時に進むことが多い。
- クリーミング・沈降:油と水の密度差によって液滴が浮き上がったり沈んだりする。振れば元に戻る段階である。
- 凝集:液滴どうしが寄り集まって房状になるが、まだ個々の膜は保たれている。
- 合一:液滴の膜が破れて1つの大きな液滴になる。進行すると油と水が完全に分離し、元には戻らない。
- オストワルド熟成:小さな液滴の成分が連続相に溶け出し、大きな液滴へ移っていく現象で、液滴径の分布が次第に広がる。
ストークスの式と液滴の浮上速度
液滴が浮き上がる速さvは、ストークスの式で見積もられる。
v = 2r2(ρc − ρd)g ÷ 9η
rは液滴の半径、ρcとρdは連続相と分散相の密度、gは重力加速度、ηは連続相の粘度である。半径を半分にすれば速度は4分の1になる。牛乳を均質化するのはこのためで、もとは3〜4μmある脂肪球を1μm以下に砕くことで、上部にクリーム層が浮くのを防いでいる。液滴が十分に小さくなるとブラウン運動の影響が重力を上回り、浮上はほとんど起こらなくなる。
品質の評価方法と規格
品質管理の中心になるのは粒子径分布の測定である。数μm以上を含む系にはJIS Z 8825(ISO 13320)のレーザー回折・散乱法、1μm未満の微細な系にはJIS Z 8828(ISO 22412)の動的光散乱法がよく用いられる。液滴表面の帯電の強さを示すゼータ電位も指標の1つで、絶対値がおよそ30mVを超えると電気的な反発による安定化が期待できる。保存安定性については、長期保管を待たずに遠心分離で分離を加速させる試験や、−5℃と40℃を交互に繰り返すサイクル試験を出荷判定に使う工場が多い。
産業分野ごとの使われ方
食品では、日本農林規格(JAS)がマヨネーズの食用油脂含有率を65%以上と定めており、少ない水相に大量の油を抱え込ませる高度な乳化技術が求められる。化粧品の乳液やクリームは、O/W型なら軽い使用感、W/O型なら水に強い仕上がりと、型の選び方そのものが商品設計になる。建築用のエマルション塗料は有機溶剤の使用量を大きく減らせるため、VOC規制への対応手段として普及した。機械加工の現場では、JIS K 2241で規定される水溶性切削油剤のうちエマルション型(A1種)が広く使われ、原液を水で10〜30倍程度に薄めて冷却と潤滑を両立させている。医療用の脂肪乳剤は静脈に直接入れるため、平均液滴径を0.5μm以下に抑える厳しい管理が行われる。
スケールアップで起こりやすい失敗
ラボの1Lビーカーで安定した配合が、1tの製造タンクでは分離してしまう。これは乳化工程の立ち上げでよく聞く話である。原因の多くは撹拌条件の移し替え方にあり、回転数をそのまま合わせると、羽根の径が大きい実機では周速が過剰になったり、逆にタンクの隅まで力が届かなかったりする。そのため、ローター周速や単位体積あたりの動力をそろえて条件を決めるのが一般的である。ワックスを含むクリームでは、油相と水相をそれぞれ70〜80℃に加温してから混ぜないと、冷えた部分でワックスが固まり、ざらついた仕上がりになる。泡を巻き込みやすい配合には、減圧しながら撹拌できる真空乳化機が使われる。高圧ホモジナイザーは微細化の性能に優れる反面、本体が高価で、高圧にさらされる弁の摩耗部品も定期的な交換が欠かせない。導入の際は、必要な液滴径と運転コストのバランスを事前に見極めておく必要がある。
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