ワイマール憲法|共和国ドイツの民主的基本法

ワイマール憲法

ワイマール憲法は、第一次世界大戦に敗北し帝政が崩壊したドイツで、1919年に制定された近代的な民主主義憲法である。帝政期の権威主義体制に代わって、国民主権と議会制民主主義、そして広範な人権保障をうたった点で、当時としてはきわめて先進的な内容をもっていた。他方で、大統領に非常事態権を集中させる条文など、後に独裁の成立を許す制度上の弱点も抱えていた。この憲法の下で成立した国家が、いわゆるワイマール共和国である。

成立の背景

1914〜1918年の第一次世界大戦で敗北したドイツ帝国は、戦争末期の1918年に革命運動が広がり、皇帝ヴィルヘルム2世は退位して帝政は崩壊した。このドイツ革命の結果、臨時政府は新たな民主的憲法の制定を目指し、古都ワイマールに憲法制定国民議会を招集した。ここで起草・採択された新憲法がワイマール憲法であり、旧来の君主制国家を廃して共和制国家を宣言し、国のあり方を根本から作り替える試みであった。

基本原則と国家構造

ワイマール憲法は、国民主権・共和制・議会主義をその中心原則とした。国の元首として大統領を置きつつも、政治の中心は国民の選挙で選ばれる議会にあり、議会の信任を得た内閣が行政を担当するという、いわゆる議院内閣制的な要素を備えていた。また、選挙制度としては成年男女に対する普通選挙と比例代表制を採用し、政党政治の発展を促した点も特徴である。

  • 国民に選出されるライヒ議会(国会)を中心とする政治
  • 任期7年で国民から直接選出される大統領
  • 比例代表制による多党制の進展

人権規定と社会権

ワイマール憲法は、従来の自由権的な基本的人権に加え、労働や生存に関する権利を明文で規定した点で画期的であった。労働の保護、労働者の団結権・団体交渉権、失業や疾病に対する社会保険制度の整備など、「社会国家」の理念を盛り込んだのである。これらは後に社会権と呼ばれ、20世紀の多くの憲法に影響を与えたとされる。戦後の日本国憲法にみられる生存権や労働基本権の規定も、こうした流れの中で理解される。

非常事態条項と制度上の弱点

ワイマール憲法には、治安の悪化や革命運動に対処するため、大統領が非常事態を宣言し、議会の同意なしに基本権の制限や軍の動員を行えるとする規定が置かれた。これが有名な非常事態条項(48条)である。当初は秩序維持のための安全弁とみなされたが、結果として権力を一箇所に集中させる危険な仕組みとなった。

ナチス独裁への利用

1930年代に入ると、経済恐慌と政治的混乱の中で、非常事態条項は頻繁に用いられるようになり、議会を迂回した大統領緊急令政治が常態化した。この状況のもとでヒトラー率いるナチスが台頭し、政権掌握後には緊急令と授権法を組み合わせて議会制民主主義を実質的に停止させた。こうして、本来は民主的憲法であったワイマール憲法は、条文に内在していた制度的弱点を突かれることで、独裁体制を生み出す土壌ともなったのである。