フィニアン|19世紀アイルランドの秘密結社

フィニアン

フィニアンは、19世紀半ばのアイルランドで生まれた革命的民族運動であり、グレートブリテンからの完全独立と共和政体の樹立を目指した秘密結社である。とくにアイルランド本国のアイルランド共和同盟と、アメリカ合衆国におけるフェニアン同盟を中心に展開し、帝国支配に対する武装蜂起やテロルを通じて圧力を加えた点に特徴がある。フィニアンは、19世紀のアイルランド問題を急進的なかたちで表現した運動であり、後のアイルランド共和軍(IRA)や独立戦争へと続く伝統の源流のひとつとみなされている。

名称と起源

フィニアンという名称は、中世アイルランド伝承に登場する戦士集団フィアン(Fianna)に由来し、英雄的な戦士と自由の象徴を自らの運動に重ね合わせたものである。19世紀半ば、若い民族主義者たちは、伝統文化の復興と政治的独立を結びつけるロマン主義的な歴史観を共有しており、こうした雰囲気のなかでフィニアンの名称が広く用いられるようになった。思想的には、先行する青年アイルランド党などの急進的民族運動を継承しつつ、より秘密結社的・軍事的な組織形態をとった点に特徴がある。

歴史的背景

強い対英反感の背景には、1801年のアイルランド併合によって成立した大ブリテンおよびアイルランド連合王国の体制と、そのもとでの政治的・宗教的差別があった。さらに、1840年代半ばのジャガイモ飢饉は大量の餓死と移民を生み、アイルランド社会を崩壊的な打撃にさらした。飢饉を「帝国支配がもたらした人災」とみなす感情は広く共有され、故郷を離れたディアスポラのあいだでも、祖国解放を掲げるフィニアンの主張は強い共感を得たのである。

組織と思想

フィニアン運動の中核は、アイルランド本国のアイルランド共和同盟(Irish Republican Brotherhood)と、アメリカに本部を置くフェニアン同盟(Fenian Brotherhood)であった。これらの組織は秘密結社の形式をとり、宣誓を通じて成員を強く拘束し、武力による共和国樹立を最終目標に掲げた。彼らの思想は立憲改革を求める穏健派とは異なり、英国議会内での妥協よりも、武装蜂起と帝国の弱点への攻撃によって独立を実現しようとする点で急進的であった。その一方で、地主制の打破や農民の権利拡大など、社会問題への関心も含んでおり、後の土地改革運動や労働組合法のような社会立法と接続して理解されることも多い。

主な蜂起と活動

  • 1860年代、フィニアンはアイルランド本土で武装蜂起を企図し、1867年には「フィニアン蜂起」と呼ばれる反乱を実行したが、準備不足と情報漏洩により大規模な成功には至らなかった。
  • アメリカのフェニアン同盟は、イギリス領カナダへの「フィニアン襲撃」を行い、帝国周辺部を揺さぶることでアイルランド問題を国際的に可視化しようとした。
  • また、マンチェスターやロンドンでの爆破事件など、都市部での象徴的な攻撃も行われ、帝国中心部に恐怖と緊張をもたらした。

こうした行動は、イギリス世論に衝撃を与える一方で、多くの逮捕者や死刑を出し、烈士として記憶される「殉教者」を生み出した。殉教者の物語は、後の世代の民族主義者に強い感情的影響を与え、フィニアンの伝説的なイメージを形成することになった。

イギリス政治への影響

フィニアンの急進的行動は、イギリス政治においてアイルランド統治のあり方を再検討させる重要な契機となった。自由党のグラッドストン政権は、「アイルランドを満足させる」ことを課題とし、アイルランド教会の国教会廃止や土地改革に着手する。こうした政策は直接にフィニアンの要求を受け入れたわけではなかったが、暴力的抵抗が続くなかで、統治の弾圧一辺倒では問題が解決しないという認識が広がった結果でもあった。アイルランド自治法をめぐる議論や、選挙制度・教育制度を改革する選挙法改正(第2回)選挙法改正(第3回)教育法なども、広い意味で帝国統治の再編過程として理解される。

アイルランド民族運動への継承

フィニアンは、その直接の政治的目標である即時独立を達成できなかったものの、アイルランド民族運動にいくつかの重要な遺産を残した。第一に、共和制の樹立を明確な目的として掲げたことで、立憲的自治を求める穏健派とは異なる「共和国」路線を示し、後のIRAやシン・フェイン党の思想的前提を形づくった。第二に、アイルランド本土とディアスポラ社会をまたぐ組織網を築いたことで、海外在住のアイルランド人が資金・武器・宣伝の面で運動を支援するモデルを提示した。第三に、殉教者の物語や英雄的イメージは、文化・文学の領域にも広がり、民族主義的象徴として記憶され続けた。

歴史学的評価

歴史学においてフィニアンは、テロリズムとして批判的に語られる一方で、植民地支配に対する解放運動の一形態として評価されるという二面性をもつ。近年の研究では、暴力だけでなく、宣伝戦、海外ネットワーク、社会改革要求など多様な側面を総合的に分析し、19世紀帝国世界のなかでアイルランド民族運動がどのように位置づけられるのかが検討されている。ユニオン=ジャックが象徴する帝国の枠内で、フィニアンはその統一を力ずくで揺さぶろうとした運動であり、アイルランド問題の長期的展開を理解するうえで欠かせない存在である。