トライボ材料
トライボ材料とは、摩擦・摩耗・潤滑の相互作用が支配的となる接触界面の性能を最適化するために選定・設計される材料群である。対象は摺動軸受、ギヤ、ブレーキ、クラッチ、シール、リニアガイド、人工関節、MEMSなど広範であり、要求は低摩擦係数μ、低摩耗率、焼付き抵抗、疲労寿命、熱安定性、腐食耐性、相手材適合性など多岐にわたる。選定の核は機械特性(硬度H、弾性率E、靱性)と表面状態(粗さ、テクスチャ、自由エネルギー)、ならびに潤滑状態(境界・混合・EHL)の整合である。設計ではArchard則(比摩耗量∝荷重×滑り距離)やPV値(面圧P×速度V)、Stribeck曲線、H/EやH^3/E^2といった耐摩耗指標が実務上の拠り所となる。
要求特性と設計指標
接触界面では凝着・アブレシブ・疲労・酸化・フレッティングなど複数の摩耗機構が重畳するため、単一特性の最大化ではなく総合最適が要点である。低μは発熱低減と効率向上に寄与する一方、制動要素では適正μ確保が重要となる。耐摩耗性は高硬度化だけでなくH/EおよびH^3/E^2の増大が有効で、塑性変形抑制と割れ抑止のバランスを図る。表面粗さはRaやRzのみならず、Rsk(歪度)・Rku(尖度)やAbbott–Firestone曲線のRpk/Rk/Rvkで負荷支持と油膜保持を評価する。熱伝導率・比熱・放熱経路はフラッシュ温度上昇を左右し、鳴きや焼付きの閾値を動かす。
- 機械特性:硬度、靱性、E、H/E、H^3/E^2
- 表面:粗さ、テクスチャ、表面自由エネルギー、吸着膜
- 環境:温度、湿度、粉塵、腐食性、真空・不活性雰囲気
- 運用:PV限界、許容μ範囲、許容騒音・振動
主要材料群と用途
金属系では炭素鋼・合金鋼の浸炭・窒化・高周波焼入れにより表層硬化と耐焼付き性を高める。鋳鉄は黒鉛が固体潤滑的に働き凝着を抑える。青銅や焼結含油材はポンプ・小型軸受で実績がある。アルミ合金は硬質陽極酸化で耐摩耗を補強する。セラミックス(Si3N4, Al2O3, ZrO2)は高硬度と低密度から転がり要素や摺動ペアに用いられる。炭素系皮膜DLC(a-C:H等)は低μ・高H/Eで多用途に展開され、固体潤滑剤MoS2, WS2は乾燥・真空で効果を発揮する。高分子ではPTFE、PEEK、UHMW-PEが代表で、フィラー(ガラス、カーボン、MoS2、短繊維)により寸法安定と耐摩耗が向上する。
金属系
浸炭・窒化は表層に硬化層と圧縮残留応力を与え、凝着やピッチングを抑制する。青銅は良好ななじみ性と熱伝導率を備え、含油焼結体は保油性で境界潤滑域を支える。ステンレスは耐食に優れるが凝着傾向に注意が必要である。
セラミックス・炭素系
Si3N4はEHL下の転がり接触で低損失を示す。Al2O3は耐摩耗に優れるが靱性低下に留意する。DLCは低μと高硬度の両立により相手攻撃性を抑えつつ寿命を伸ばす。グラファイトや多孔質カーボンは自己潤滑能を持つ。
高分子・複合材
PTFEは極低μだが温度・荷重に敏感である。PEEKは耐熱・耐薬品に強く高PV域へ適用が進む。UHMW-PEは高衝撃・低摩耗で人工関節やスライダに用いられる。充填材や繊維強化によりクリープ・摩耗ともに改善される。
潤滑と界面制御
潤滑は境界・混合・EHLの各領域で支配機構が異なる。Stribeck曲線は油膜パラメータηV/Pでμの遷移を示し、境界域では吸着膜・添加剤化学(ZDDP, MoDTC等)が決定的である。グリースは基油と増ちょう剤の組合せで保持性・シール性を担い、ドライや真空ではDLCやMoS2等の固体潤滑が主役となる。表面改質はPVD/CVD(TiN, CrN, DLC)、溶射、リン酸塩、陽極酸化、イオン注入など多様で、レーザーディンプル等のテクスチャは油膜形成とデブリ排出を助ける。
- 粗さマネジメント:Rpk低減で初期馴染み熱を抑制、Rvk確保で油膜保持
- 熱設計:放熱経路と比熱を考慮しフラッシュ温度上昇を抑える
- 清浄度:異物は三体摩耗を誘発するため濾過・シール・洗浄が要である
評価試験と規格
ピンオンディスク(ASTM G99)、ブロックオンリング、ボールオンディスク、4球試験(ASTM D4172)、砂摩耗(ASTM G65)などでμ・摩耗量・表面変化を測定する。試験は荷重、速度、温湿度、相手材、潤滑剤を明示し、ランインと定常域を分けて評価する。Archard式はk=V/(F×L)で比摩耗係数kを定義し、Vは磨耗体積、Fは法線荷重、Lは滑り距離である。表面はSEM/EDS、XPS、ラマン等でトライボフィルムやデブリを解析する。
数理モデルと解析
接触圧はHertz理論および粗さを考慮したGreenwood–Williamsonモデルで見積る。EHLはReynolds方程式と粘度圧力依存で油膜厚を予測する。発熱はBlok/Jaegerのフラッシュ温度近似で上限を評価し、FEM/CFD/DEMを併用して熱弾性変形や油膜破断、デブリ移送を検討する。これらは材料候補のスクリーニングを高効率化する。
選定プロセスと実装
まず使用条件(荷重、速度、温度、湿度、揺動/往復、真空/腐食、許容μ)を定義し、相手材と潤滑の組合せで候補を列挙する。短期試験でμ・摩耗・表面膜形成をスクリーニングし、長期では疲労・摩耗進展・潤滑劣化・異物混入影響を検証する。規制(REACH、RoHS、PFAS代替)や供給安定性、加工性、コストも併せて評価し、表面仕上げ・テクスチャ・皮膜仕様まで含めたセットで図面化する。
産業別の典型例
自動車ではギヤ・カム・ブレーキで熱・鳴き対策と低損失化を両立させる。工作機械はリニアガイド・ボールねじで微小摩耗と発塵抑制が重要である。半導体装置の真空摺動ではDLCや固体潤滑が有効で、パーティクル管理が最重要課題となる。医療ではCoCr–UHMW-PEやセラミックス対セラミックスが代表的で、生体潤滑液での摩耗挙動が評価対象となる。宇宙用途は真空・極温に適合する材料と潤滑の選定が鍵である。
設計の実務Tips
ランインを前提に面取り・角Rで応力集中を緩和し、荷重配分を平準化する。μの過度な低下は滑り・鳴きを誘発する場合があるため、機能目標に応じたμ帯を定義する。湿度・雰囲気による固体潤滑性能の変動、洗浄残渣や添加剤灰分のデブリ化、トライボフィルム育成を阻害しない洗浄剤選定など、界面化学のマネジメントを怠らないことが肝要である。最後にトライボ材料は部材・表面・潤滑を統合設計して初めて真価を発揮することを強調しておく。