シチリア
シチリアはイタリア半島の南に位置する地中海最大の島である。面積は約2万5千平方キロメートル、中心都市はパレルモで、活火山エトナ山を擁し、古代から現代に至るまで交易の要衝として多文明が交差した。先史以来の定住と、ギリシア人・フェニキア人・カルタゴ人・ローマ人・ビザンツ・イスラーム・ノルマン・シュタウフェン・アラゴン・スペイン・ブルボンを経てイタリア王国に編入されるまで、政治体制と言語・宗教・都市景観が重層的に折り重なった。海上交通の結節性は農牧・漁業・硫黄採掘・柑橘栽培、近代には港湾・観光を育て、今日も多文化的記憶を都市空間に刻んでいる。
地理と自然環境
シチリアはメッシーナ海峡で本土と隔てられ、北はティレニア海、南は地中海南部に開く。高地と平野が交互し、カターニア平野は豊かな火山性土壌を有する。エトナ山はアルプス以南で最大級の山体で、噴火は被害と同時に土地の再生をもたらし、ワインや柑橘の名産地を形成した。主要都市はパレルモ、カターニア、メッシーナ、シラクサ、アグリジェントなどで、港湾は古来より軍事・商業の中継点であった。
古代の成立:先史からギリシア植民
島の先住集団としてシカニ、シケル、エリミが記録される。前8世紀以降、ギリシア人がナクソス、カタネ、シラクサ、ゲラ、アクラガス(現アグリジェント)などを建設し、「メガロ・エッレーネ(Magna Graecia)」の一翼を担った。ドーリア系・イオニア系のポリスは僭主政と民主政を経験し、劇場・神殿群が造営された。対抗勢力としてフェニキア系のカルタゴが西部のモティアやパノルムス(パレルモ)に拠点を置き、島は東西二勢力の角逐の舞台となった。
カルタゴとローマ:ポエニ戦争の転回
前3世紀、傭兵の争乱とポリス間抗争は、エピロスのピュロス王介入を招き、その後ローマとカルタゴが覇権を争う第一次ポエニ戦争へ発展した。前241年の講和によりシチリアはローマ最初の属州となり、徴税と輸出穀物供給地として位置づけられた。属州統治はプロプラエトルの下で進められ、法制度はラテン法や市民法と折衷しつつ運用された。ローマは本土側の交通路整備(例:アッピア街道)と連動して地中海支配を拡大し、島は穀倉地帯として帝都の糧食を支えた。征服の社会経済的影響については地中海征服とその影響に詳しい。
ローマ帝政と都市社会
帝政期、シチリアのポリスは自治的慣行を保持しつつ、都市エリートがローマ化した公職・祭礼を担った。ローマ本土の編入都市制度と比較すると、島内の都市は「自治市」と「植民市」が混在し、同盟関係の歴史的経緯は本土の同盟市制度と相互参照可能である。市民資格の拡大は軍役・租税・司法の権利配分に影響し、帝国後期にはローマ市民権の普遍化によって法的地位は一体化の方向へ進んだ。
ビザンツからイスラーム期
西ローマの崩壊後、東ローマ(ビザンツ)が支配したが、9世紀にアグラブ朝・ファーティマ朝系勢力が進出し、エミール統治が確立した。アラビア語行政と灌漑技術(サーキヤ等)が導入され、糖・綿・柑橘・硬質小麦の栽培が広がる。ユダヤ・ギリシア・アラブ・ロンバルドの諸共同体が併存し、都市はモスクと教会、スークと市場が共存する多層空間を形成した。
ノルマン王国と中世の多文化
11世紀後半、ノルマン人が征服し、ルッジェーロ2世は「シチリア王国」を樹立した。王宮礼拝堂カッペッラ・パラティーナに象徴される「Arab-Norman」様式は、ギリシア・ラテン・アラブの美術技法を融合した。以後ホーエンシュタウフェン家、アンジュー家、アラゴン系の支配を経て、議会と都市自治は存続しつつ、地中海交易の結節点としての機能は継続した。
近世の支配と近代の統合
近世にはスペイン・ブルボンのもと租税と封建的特権が再編され、19世紀の反乱とガリバルディの遠征を経てイタリア王国に編入された。農村の不在地主制や治安の空白は、後の結社的暴力の温床となり、20世紀には犯罪組織の問題が国際的に取り沙汰された。他方、第二次大戦後は観光・港湾・食品加工・農業(ワイン、オリーブ、柑橘)を基盤に再編が進んだ。
言語・文化・食と遺産
シチリアではイタリア語のほかシチリア語が日常に根づき、ギリシア語・アラビア語・ノルマン系語彙が地名や料理名に残る。文学ではヴェルガ以来のヴェリズモの系譜が知られ、映画・音楽も地域性を色濃く帯びる。食文化はカンノーリ、アランチーニ、カポナータ、カジキ料理、ネロ・ダーヴォラ等のワインに代表され、宗教祭礼と市場文化が観光資源となる。世界遺産には神殿の谷、シラクサとパンターリカ、アラブ=ノルマン様式の教会群、エトナ山などが登録されている。
制度・法と都市の位相(補足)
ローマ期の都市制度は、島内でも「自治的要素」と属州統治の枠組みが併走した点に特色がある。都市の法的身分や司法管轄の運用は、ローマ本土の自治市や市民法の原理と比較しうる。軍事的には本土で展開したサムニウム戦争の経験がローマの編成とインフラ整備を促し、島の取り込みを可能にした。かくしてシチリアは、帝国の物流網と財政構造に組み込まれた最初期の属州として、後続の属州編成モデルの先駆となった。
- 主要都市:パレルモ/カターニア/メッシーナ/シラクサ/アグリジェント
- 主要景観:エトナ山/神殿の谷/アラブ=ノルマン様式建築群
- 主要産品:ワイン/オリーブ油/柑橘/魚介加工品