ザカフカース
ザカフカースは、大コーカサス山脈の南側に広がる地域を指す歴史地理上の名称であり、現在のジョージア(グルジア)、アルメニア、アゼルバイジャンの3国を主な構成地域とする。ロシア語では「ザカフカージエ(Закавказье)」と呼ばれ、英語では「Transcaucasia」もしくは「South Caucasus」と表現される。黒海とカスピ海のあいだに位置し、古来よりヨーロッパとアジアを結ぶ交通の要衝であるとともに、多様な民族と宗教が交錯する地域として知られてきた。
地理的位置と範囲
地理的にみると、コーカサス地方は大コーカサス山脈を境に北と南に分けられ、山脈の南側がザカフカースに相当する。西は黒海、東はカスピ海に挟まれ、南は小アジアおよびイラン高原へと続く。現在の国家領域でいえば、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンの3国が中心となり、一部には周辺国の国境地帯も含まれると理解されることが多い。この地域は山地、丘陵、平野が複雑に入り組み、気候も黒海沿岸の温暖多雨から、内陸の乾燥気候、高地の寒冷な気候まで多様である。
古代から近世までの歴史的背景
ザカフカースは、古代以来、多くの帝国と勢力が進出した接触地帯であった。古代にはアケメネス朝ペルシアやポントス王国、ローマ帝国が影響力を競い、中世には東ローマ帝国、アラブ勢力、セルジューク朝、モンゴル帝国などが支配権を争った。キリスト教王国としてのグルジア王国、アルメニア王国の興隆と衰退、イスラーム勢力の浸透などが重なり、民族・宗教・文化のモザイク的な構造が形成された。この複雑な歴史的背景は、近代以降の民族運動や国境紛争にも影響を与えている。
ロシア帝国による征服と支配
18世紀末から19世紀にかけて、北方から台頭したロシア帝国が南下政策を推し進め、ザカフカースはロシアの支配下に組み込まれていく。ロシアはペルシアやオスマン帝国との戦争を通じて条約を結び、この地域の領有権を拡大した。アルメニア人やグルジア人の一部は、イスラーム勢力からの保護を期待してロシアへの編入を受け入れたが、同時にロシアによる行政改革やロシア人の移住は、従来の社会構造や宗教勢力に大きな変化をもたらした。鉄道網や近代的な行政制度の導入により経済的統合が進む一方、民族的・宗教的対立も次第に顕在化していった。
ザカフカース連邦とその解体
第一次世界大戦とロシア革命の混乱のなかで、ザカフカースでは一時的に「ザカフカース連邦共和国」が樹立され、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンの3民族勢力が連邦形態で独立を模索した。しかし、対外戦争への対応や民族間の利害対立、さらにボリシェヴィキ政権の南進により、この連邦は短期間で崩壊し、各国はそれぞれ独立共和国として分立した。その後、赤軍の進出を受けて3国はいずれもソヴィエト政権のもとに再編され、1922年にはザカフカース連邦社会主義ソヴィエト共和国として統合されたのち、全体としてソ連邦に組み込まれていく。
ソ連時代のザカフカース
ソ連成立後、ザカフカースは一時的にザカフカース連邦共和国としてまとめられたが、1936年には解体され、グルジア・ソヴィエト社会主義共和国、アルメニア・ソヴィエト社会主義共和国、アゼルバイジャン・ソヴィエト社会主義共和国としてソ連を構成する構成共和国となった。ソ連政府は工業化や農業集団化を進め、石油資源や電力開発を通じて地域の経済的近代化を図った一方、民族運動や宗教活動には厳しい統制を加えた。第二次世界大戦中には国境地帯での住民移住や少数民族の追放が行われ、民族構成にも変化が生じた。
民族構成と宗教の多様性
ザカフカースの特徴のひとつは、きわめて多様な民族と宗教が共存してきた点である。主な民族としては、ジョージア人、アルメニア人、アゼルバイジャン人のほか、クルド人、レズギ人など多数の少数民族が居住している。宗教面では、アルメニア使徒教会などの東方教会、グルジア正教会などのキリスト教、さらにシーア派・スンナ派イスラームが広く信仰されてきた。こうした多様性は豊かな文化的伝統を生み出す一方で、近代以降の民族主義や国民国家形成の過程では、しばしば政治的対立や紛争の要因ともなっている。
現代におけるザカフカースの位置づけ
1991年のソ連解体後、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンはそれぞれ独立国家として歩み始め、ザカフカースは再び国際政治上の重要な地域として注目されている。黒海とカスピ海を結ぶエネルギー輸送ルートやパイプライン計画は、ロシア帝国の南下政策以来続く地政学的重要性を現代に引き継いでいる。また、ナゴルノ=カラバフ問題などの領土紛争や民族問題は、帝国支配やソ連時代の境界設定の遺産とも関連し、この地域の安定性を左右する要因となっている。こうした歴史的・地政学的条件から、ザカフカースは今なお、ヨーロッパと中東、ロシア、トルコ、イランなど周辺諸国の利害が交錯する重要な地域として理解されている。