ガラス転移点
ガラス転移点は、非晶質の固体を加熱したときに、硬くて脆いガラス状態から柔らかいゴム状態へ移る温度である。無機ガラスの場合は、過冷却液体に移る温度にあたる。記号はTgで、ガラス転移温度とも呼ばれる。高分子材料では、分子鎖の一部(セグメント)が動き始める温度に相当する。転移域を越えると弾性率は2〜3桁下がる。樹脂部品の耐熱性や成形条件を決めるときに最初に確認する物性値のひとつで、材料データシートでは融点と並べて記載されることが多い。
融点とは何が違うのか
よく混同されるが、両者は起こり方が根本的に異なる。融点は、結晶が液体に変わる一次相転移である。潜熱を伴い、決まった温度で鋭く起こる。ガラス転移には潜熱がなく、比熱や熱膨張係数が階段状に変わるだけである。変化は数℃から十数℃の幅をもって進む。測定時の昇温速度や試料の熱履歴によっても値が数℃ずれる。このため、熱力学的な相転移ではなく緩和現象(速度論的な現象)として扱う立場が一般的である。PETのように結晶部と非晶部の両方をもつ半結晶性樹脂は、Tg約75℃と融点約255℃の両方を示す。結晶化度が高いほど非晶部が減るため、Tgでの変化量は小さくなる。
測定方法と関連規格
Tgを測る方法は、主に次の3つである。どの方法も「温度を上げたときに急に変わる物性」をとらえているが、見ている物性が違うため、同じ試料でも出てくる値は一致しない。
| 測定法 | とらえる変化 | 主な規格 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 示差走査熱量測定(DSC) | 比熱の階段状の変化 | JIS K 7121、ISO 11357-2 | 試料5〜10 mgで測れる。昇温速度は10または20 K/minが標準 |
| 動的粘弾性測定(DMA) | 貯蔵弾性率の低下、tanδのピーク | JIS K 7244、ISO 6721 | 感度が高い。tanδピーク温度はDSCの値より5〜15℃高く出やすい |
| 熱機械分析(TMA) | 熱膨張曲線の折れ曲がり | JIS K 7197 | 寸法変化を直接見るため、基板材料の評価によく使われる |
実務では、この違いがトラブルの原因になる。購入先のデータシートがDMAの値で、受入検査がDSCという組み合わせでは、10℃以上の差が出ることも珍しくない。仕様書にTgを書くときは、測定法、昇温速度、どの点を読んだか(中間点か外挿開始点か)を必ず書き添えておく。
主な樹脂のガラス転移点
| 樹脂 | Tgの目安 | 結晶性 |
|---|---|---|
| ポリエチレン(PE) | 約−120℃ | 結晶性 |
| ポリプロピレン(PP) | 約−10℃ | 結晶性 |
| PET | 約70〜80℃ | 結晶性 |
| ポリ塩化ビニル(PVC) | 約80℃ | 非晶性 |
| ポリスチレン(PS) | 約100℃ | 非晶性 |
| PMMA(アクリル) | 約105℃ | 非晶性 |
| ポリカーボネート(PC) | 約145〜150℃ | 非晶性 |
| ポリイミド(PI) | 300℃以上 | 非晶性が主 |
PEやPPはTgが室温より低いので、常温では非晶部がゴム状になっている。それでも形を保てるのは、結晶部が骨組みの役割を果たしているからである。非晶性の熱可塑性樹脂には、この骨組みがない。そのため、使用温度の上限はおおむねTgで決まる。
Tgを左右する分子構造の要因
Tgの高さは、分子鎖がどれだけ動きにくいかでほぼ決まる。主な要因を挙げる。
- 主鎖の剛直性:ベンゼン環のような硬い構造が主鎖に入るとTgが上がる(PCやPIがその例)
- 側鎖の大きさ:かさ高い側鎖は分子鎖の回転を妨げる
- 分子間力:極性基や水素結合が多いほどTgは高い
- 分子量:分子量が小さい領域では、分子鎖の末端が多いぶんTgが下がる
- 架橋密度:架橋点が増えると分子鎖が動きにくくなり、Tgが上がる
可塑剤とフォックスの式
低分子の可塑剤を混ぜると、分子鎖のすき間が広がってTgが下がる。2成分が完全に混ざり合う系では、フォックスの式でTgを大まかに見積もれる。
1/Tg = w1/Tg1 + w2/Tg2
ここで、w1とw2は各成分の重量分率、温度は絶対温度(K)で表す。軟質塩ビ(PVC)は、フタル酸エステル系の可塑剤を30〜40 wt%程度加えてTgを室温以下まで下げた材料で、ホースや電線被覆に使われている。
WLF式と時間温度換算
Tgより上の温度域では、温度を上げることと時間を延ばすことが、粘弾性に対して同じ効果をもつ。この関係を表すのがWilliams–Landel–Ferry(WLF)式である。
log aT = −C1(T − Tg) / (C2 + T − Tg)
基準温度をTgにしたときの定数は、C1 = 17.44、C2 = 51.6 Kがよく使われる。目安として、Tgから約Tg+100℃までの範囲で成り立つ。高い温度での短時間の試験から、室温で何年も荷重を受けたときのクリープ挙動を予測する場合に使われる。
成形・設計の現場での扱い
非晶性樹脂の射出成形では、金型温度をTgより下に設定するのが基本である。PCなら80〜120℃程度がよく使われる。金型温度をTgに近づけると表面の外観や残留応力は改善するが、冷却に時間がかかって成形サイクルが延び、1個あたりのコストに直接響く。成形後に応力割れが出やすい部品では、Tgより20〜30℃低い温度でアニール処理を行う。もうひとつ見落としやすい点として、荷重たわみ温度(HDT、JIS K 7191)はTgと同じではない。非晶性樹脂のHDTは、Tgより10〜20℃低く出るのが普通である。吸水の影響も大きい。PA6は乾燥状態でTgが約50℃あるが、水を吸うと室温付近まで下がり、剛性も大きく落ちる。
プリント基板材料のTg
プリント基板の分野では、Tgが材料のグレード名そのものとして扱われている。FR-4はエポキシ樹脂をガラス布に含浸させた熱硬化性樹脂系の積層板で、標準品のTgは130〜140℃、高Tg品は170℃以上である。鉛フリーはんだのリフローでは、ピーク温度が240〜260℃に達し、どちらのグレードでもTgを超える。Tgを超えると、厚さ方向(Z軸)の線膨張係数は約50 ppm/Kから250 ppm/K前後まで急に大きくなる。この膨張がスルーホールめっきのクラックを引き起こすため、多層板や厚い板では、単価が上がっても高Tg品を選ぶ判断がされる。
無機ガラスにおけるガラス転移点
窓ガラスなどの酸化物ガラスにもTgがある。粘度でいえば、おおむね1012 Pa·sに達する温度がTgにあたる。ソーダ石灰ガラスでは約550℃、石英ガラスでは約1200℃である。ガラス工業では、Tgよりも徐冷点やひずみ点という用語がよく使われ、これらはJIS R 3103で測定法が定められている。徐冷点はTgに近い温度で、板ガラスや瓶の徐冷工程では、この付近の温度をゆっくり下げてひずみを抜いている。
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