エンジンオイル
エンジンオイルは内燃機関における潤滑油であり、摺動部の摩耗低減、発熱の除去、シール性の確保、腐食防止、清浄分散、打音緩和など多面的な役割を担う。現代のオイルはベースオイルと多種類の添加剤で構成され、規格(SAE粘度、API/ILSAC/ACEA)と車両メーカー承認を満たすよう設計される。適切な選定と交換は、燃費、出力、耐久性、排出ガス後処理の寿命に直結するため、使用条件と設計要求を理解したうえで管理することが重要である。
基本機能と要求特性
エンジンオイルの基本機能は大別して6つである。これらは相互に関連し、油膜強度、粘度特性、熱安定性、添加剤のバランスで達成される。
- 潤滑:境界潤滑から流体潤滑までの領域で摩耗と摩擦損失を低減する。
- 冷却:油路と飛沫によりピストン裏面や軸受から熱を奪い、オイルパンへ戻す。
- 密封:ピストンリング周辺で微小すき間を埋め圧縮圧と爆発圧の漏れを抑える。
- 清浄分散:生成したスラッジ・ワニス・煤を分散保持し沈降や付着を防ぐ。
- 防錆・防食:水分や酸から金属表面を保護する皮膜を形成する。
- 緩衝:歯車やベアリングで荷重衝撃を緩和し騒音を抑える。
粘度とSAE J300
粘度等級はSAE J300で規定され、例として「0W-20」「5W-30」のように表す。前半の「W」等級は低温クランキング性・ポンピング性、後半は100℃動粘度と高温せん断(HTHS)に対応した高温粘度域を示す。低温始動性や燃費重視なら低い等級を、高負荷・高温連続運転なら高い等級や高HTHSが有利となる。蒸発損失(NOACK)も油消費や堆積物形成に影響するため、規格票で確認する。
- SAE等級の読み方:左の「W」は冬季性能、右は常用温度域での粘度帯を示す。
- HTHS:150℃・高せん断下の粘度指標で、軸受保護や燃費とトレードオフになる。
- NOACK:高温下の質量減少率。オイル消費や触媒/DPF負荷に関わる。
API/ILSAC/ACEAとメーカー承認
性能規格はガソリン向けAPI(例:API SP)とILSAC(例:GF-6)、欧州のACEA(A/B、C、E分類)などがある。直噴ガソリンのLSPI抑制、タイミングチェーン摩耗、ターボ堆積、酸化安定性、触媒/DPF保護(低SAPS)などの試験を満たすことが求められる。欧州車ではACEA C系や特定承認(VW、MB、BMW、Porsche等)の適合が必須となるため、取扱説明書の指定を優先する。
ベースオイルと添加剤
ベースオイルはAPIグループI〜Vに分類される。グループIII/PAO(グループIV)は高粘度指数と酸化安定性に優れ、エステル(グループV)は極性で吸着し境界潤滑や洗浄に寄与する。添加剤は総合的な処方で機能を発揮し、単品での優劣では語れない。
- 清浄分散剤:炭酸カルシウム系等で酸を中和し、スラッジを分散保持する(TBN維持)。
- 酸化防止剤:アミン/フェノール系で酸化連鎖を抑え粘度上昇とワニスを抑制。
- 摩耗防止剤:ZDDP等が境界潤滑膜を形成しカム/フォロワの摩耗を防止。
- 粘度指数向上剤:ポリマーで温度上昇時の粘度低下を抑える(せん断安定性が重要)。
- 摩擦調整剤:モリブデン等が摩擦低減と燃費向上に寄与。
- 消泡剤・防錆剤・流動点降下剤:泡立ち抑制、腐食防止、低温流動性の確保。
劣化メカニズムと交換管理
エンジンオイルは酸化・硝化・燃料希釈・水分混入・煤/金属摩耗粉の増加・せん断によって性状が変化する。短距離走行や高温高負荷、ターボ過給、EGR強化、直噴特有の煤生成は劣化を早める。油色は指標になりにくく、粘度、TBN/TAN、酸化・硝化、金属元素、燃料/水分、すす量などの分析が有効である。一般運用ではメーカー指定距離/期間またはオイルライフインジケータに従い、過酷条件(渋滞、高温、短距離、積載・牽引)では短めに管理する。
ガソリン・ディーゼル・ターボでの留意点
ガソリン直噴ではLSPI抑制とタイミングチェーン摩耗対策、ディーゼルではすす分散力と灰分管理、DPFやSCR触媒を守る低SAPSが要点である。ターボは高温・高せん断・コーキング対策が重要で、耐酸化性と適切なHTHSを持つ粘度等級を選ぶ。DPF装着車に高灰分油を用いるとフィルタ閉塞を招くため、ACEA C系などの適合が必要である。
選定と実務ポイント
- 指定順守:取扱説明書の粘度等級、API/ILSAC/ACEA、メーカー承認を最優先する。
- 気候と使用:寒冷地は低「W」等級、酷暑・高速・山道は高温側粘度とHTHSを重視。
- 燃費と保護:低粘度は燃費に有利だが、高荷重環境では保護重視の選定も有効。
- ハイブリッド:短距離始動停止が多く水分・燃料希釈を招くため交換間隔を意識。
- 旧車・高走行:シール硬化やクリアランス増に合わせ粘度や清浄力を調整。
- 混合の是非:異銘柄混合は化学適合性の観点で計画的には避け、補充は同等規格を用いる。
- フィルタ:オイルフィルタの同時交換は異物捕集と圧力維持に有効。
- 記録:銘柄、粘度、交換距離/日付、使用条件を記録し次回選定に活かす。
用語補遺
TBN(Total Base Number)は中和能、TAN(Total Acid Number)は酸生成の指標である。SAPSは硫酸灰分・リン・硫黄の総称で、排後処理保護のため管理される。FOやSFOは燃料希釈、HSTはせん断安定性を示す略称として用いられる。
保管と環境対応
エンジンオイルは密栓し直射日光・高温多湿を避けて保管する。開封後は酸素・水分の影響を受けやすく、長期保管は避ける。廃油は自治体や取扱店の回収スキームを利用し、不適切な投棄を行わない。漏えいは滑り事故や火災危険につながるため、吸収材と耐油手袋を備えるのが望ましい。